【「香害」最前線】
シックハウス症候群
進まない「室内汚染物質」の規制
岡田幹治|2017年8月4日4:25PM
「香害」の今を取り上げるシリーズ3回目は、シックハウス症候群。厚労省はあらたな規制値案を提案していますが、「香料」については規制の対象にしていない、などの問題があります。
※このシリーズは問答形式にしました
――厚生労働省が7月4日まで「室内空気中化学物質の指針値案」について意見を募集していました。
室内空気中化学物質とは、シックハウス症候群(室内の空気の汚れによって起こる体調不良、SHS)の原因となる汚染物質のことで、その主なものは「揮発性有機化合物」(常温で気体になる化学物質、VOC)とされています。
1990年代に化学物質が建材に多用されるようになり、また建物の気密性が高くなったため、新築やリフォームが原因でSHSになる人が急増しました。厚労省が対策に乗り出し、2002年までに使用量が多く・人への健康影響も大きい13物質に「室内濃度指針値」(強制力はない指標)を定めました(注1)。
13物質には、ホルムアルデヒド(用途は合板や壁紙の接着剤)、トルエン・キシレン・エチルベンゼン(用途はいずれも接着剤・塗料)、クロルピリホス(用途は防蟻剤)、パラジクロロベンゼン(用途は衣類防虫剤やトイレ芳香剤)などが含まれています。
また国土交通省は建築基準法を改正し、ホルムアルデヒドとクロルピリホスの使用を法的に規制(注2)、業界も自主的にトルエンの削減などに動きました。
これで解決を図ったのですが、SHSの症状をもつ人はいまも絶えません。最近の女子大学生の調査では、32%の学生がSHSの何らかの症状を持っています(注3)。
――なぜSHSは続いているのでしょう。
まず新築・リフォームが原因のSHSが依然としてなくなりません。業界が規制物質に代わり、毒性が不明の代替物質を使うようになったためです。
同時に新築・リフォームに関係のないSHSが増えています。家具や日用品に含まれる化学物質(合成界面活性剤・合成香料・農薬・殺菌剤など)の室内放散量が増え、さらに石油ファンヒーターなどのガス・微粒物質・ハウスダスト(ほこり・ダニ・カビ・ペットの毛など)も増えました。これらもSHSの原因になるのです。
――そういう状況の中で厚労省が12年に「シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会」を再開し、5年がかりの検討の結果、表に示した新・指針値案をまとめたわけですね。
追加された3物質は、水性塗料の溶剤やプラスチックの可塑剤として使用されている物質で、夏には揮発が活発になって室内濃度が高くなります。指針値は人の眼への刺激の強さやラットを使った試験の結果を基に決められました。
指針値が強化されたのは4物質。新しい知見に基づき、たとえばエチルベンゼンは3800㎍(マイクログラム)から58㎍へ、フタル酸ジ―n―ブチル(DBP)は220㎍から17㎍へ大幅に下げられました(空気1立方メートル〈㎥〉あたり、以下同じ)。
これまでの例からみて、今回もこの案が指針値になるでしょう。
――15年かかって3物質の追加とは、あまりに少ない。
規制16物質で気づくのは、個人用ケア製品に含まれる化学物質がないことです。最近はあらゆる製品に香りがつけられ、香害が大問題になっているのに、「香料」は規制の対象になっていません。
また、トルエンの1万倍も毒性が強い「イソシアネート化合物」も対象外です(注4)。ポリウレタン樹脂の原料などとして使われてきたイソシアネートは最近、マイクロカプセル化して多くの製品の徐放剤としても使用されるようになっています。
市民団体の反農薬東京グループは、香料とイソシアネートに加え、フタレート系・アジペート系可塑剤、リン系の可塑剤・難燃剤、ピレスロイド系殺虫剤、ネオニコチノイド系殺虫剤などにも規制値を設定するよう要望しています。
――特定の物質を規制しても、事業者は別の代替物質をみつけてきます。
イタチごっこを防ぐには、特定物質の規制とともに、空気中のVOCの総量(TVOC)を抑えるのが有効です。
TVOCについて厚労省は400㎍という「暫定目標値」(注5)を定めていますが、これは達成可能な目標にすぎず、ほとんど利用されていません。規制値のような指標を急いで定めるべきです。
森千里千葉大学予防医学センター長らは、化学物資の少ない街づくりをめざして研究し、TVOCについて400㎍(A規準)と250㎍(S規準)という二つの規準をつくりました。
実験では400~500㎍だと化学物質に敏感な人の約7割に症状が出るが、250㎍なら症状が出るのは約2割にとどまっており、多数の人が利用する公共的な空間ではS規準を満たすようにするのが望ましいとしています(注6)。
――SHSにならないためにどんな注意が必要ですか。
化学物質過敏症あいちReの会の藤井淑枝さんは、次の四つを勧めています。①住宅に設置されている換気装置を24時間切らない、②冬や夏も換気を積極的に行なう、③室内にものを増やさない、④丁寧に掃除をする。
またカビの発生を抑えるには、▼台所や風呂場の湯気は換気扇ですぐに外へ出す、▼室内で洗濯物を干さない、▼エアコンのフィルターをこまめに掃除する、▼加湿器を使いすぎない、▼家具は壁から5センチ離し空気の流れをつくる、▼押入れにすのこを使い、除湿剤を入れる――が効果的です。
(注1)室内濃度指針値は、現時点で入手可能な毒性に係る科学的知見から、ヒトがその濃度の空気を一生涯摂取し続けても、健康への有害な影響は受けないであろうと判断される値。
(注2)建築基準法改正の内容は、①クロルピリホスの建築資材としての使用禁止、②ホルムアルデヒド含有建材の使用制限、③機械的な換気設備の設置義務づけ。また文部科学省はホルムアルデヒドやトルエンなど6物質について教室内濃度を指針値以下にするよう指導している。
(注3)萬羽郁子ら「大学生のシックハウス症状に影響を及ぼす住まい方と室内空気質に関する調査」(NII-Electronic Library Service)。
(注4)作業環境での許容濃度はトルエンが50ppmなのに対し、イソシアネートは1万分の1の0・005ppm。
(注5)暫定目標値は、国内家屋の室内VOC実態調査の結果から、合理的に達成可能な限り低い範囲を決定した値。
(注6)「化学物質の室内濃度、総量抑制を」(2012年7月30日付『毎日新聞』)。
(2017年8月4日号に掲載)