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ブラックホール化する日本銀行(高橋伸彰)
2017年8月24日6:59PM
日本銀行は7月20日の金融政策決定会合で、2%の物価目標達成時期を2019年度頃と、昨年10月に同会合で展望した2018年度頃から1年先送りした。見直しは今回で6度目。当初の2015年4月と比較すると4年以上も先送りされたことになる。それにもかかわらず、日銀の黒田東彦総裁は同日の記者会見で「2%の『物価安定の目標』の実現を目指し(中略)安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続します」と述べ、従来のスタンスに変更はないと言明した。
黒田総裁は、貨幣量さえ増やせば物価は必ず上がるという極端なリフレ派ではない。就任時の挨拶でも、デフレの原因は多様であり「あらゆる要素が物価上昇率に影響している」と述べてリフレ派とは一線を画していた。ただ、物価安定の責任論に話題が及ぶと一転して「どこの国でも中央銀行にある」と主張し「できることは何でもやるというスタンスで、2%の物価安定の目標に向かって最大限の努力をすること」が日銀の使命だと言い切った。
これに対しケインジアンの吉川洋氏(「物価と期待Ⅱ」日興リサーチセンター)は、4年以上マネーを増やし続けても2%の物価上昇を達成できない「実績」を見れば、リフレ派の理論は「否定」されたという。実際、この4年余りの間に日銀が供給する貨幣量(発行銀行券と当座預金の合計)は141兆円から460兆円に319兆円も増加したが、生鮮食品を除いた消費者物価指数(以下、物価指数という)の上昇率は昨年3月から12月まで10カ月連続で下落したうえ、今年に入ってからも0%台前半の上昇率で推移している。
日銀の展望通りに物価が上昇しないのは人々のデフレ期待が根強いからではない。吉川氏が指摘するようにリフレ派の物価理論が間違っているからだ。日銀が目標に掲げる物価指数とは、現実に存在し観察できる物価ではない。個々の財やサービスの価格を加重平均して計算される統計データである。
それでは物価指数の基になる個々の財やサービスの価格はどのように決まるのか。吉川氏によれば大多数の価格は生産費用をベースに生産者が決め、その価格を消費者が「公正」と認めれば、現実に価格は変動し物価指数も変わる。つまり、鍵を握っているのは賃金をはじめとする生産費用であり貨幣量ではないというのだ。
事実、日銀が貨幣量を増やしたからといって価格を上げる生産者はいないし、そう言われて値上げを受け入れる消費者もいない。生産者が価格に転嫁せざるを得ないほどに、また消費者が値上げを認めても良いと思うほどに、賃金や原材料価格が上がらなければ個々の物価も、その加重平均である物価指数も上昇しないのである。
改めて日銀法を繙けば物価の安定は手段であり、目的は国民経済の健全な発展にある。手段より目的を優先するなら、黒田総裁は「疑ったら飛べなくなる」とピーターパンを引き合いに出し自らの方針を正当化するのではなく、「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」の故事に倣い、日銀のスタンスを転換すべきだ。そうでなければ日銀は国債を際限なく飲み込むブラックホールと化してしまう。
(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。8月4日号)