【「香害」最前線】香り空間サービス 心地よい人も、健康損なう人も
岡田幹治|2017年9月8日4:35PM
ここ数年、街を歩いていて、ふっと流れてくる香りに気がつくことが多くなった。それもそのはず、個人で楽しむだけでなく、ホテルやショップ、駅や交通機関でもサービスとばかりに香りを流すようになったからだ。
※このシリーズは問答形式にしました
――香りを流すホテルやショールームなどが増えています。
アロマオイルを拡散器(噴霧器、ディフューザー)で流すサービスは、「香りの空間演出」とか「アロマサービス」とか呼ばれています。流すアロマは、サービスを企画する企業と実施する企業が相談し、ふさわしいものを決めます。天然の精油をブレンドしたものが中心ですが、合成香料などを使っているところも少なくありません。
2008年ごろから増え始め、いまではオフィス、デパート・ショップなどの商業施設、美容院・病院・福祉施設、駅・図書館・水族館などの公共施設、結婚式や葬儀などの儀式、舞台演出など、あらゆる空間に広がっています。
草分け的な企画会社のアットアロマ㈱(東京都世田谷区)は、内外2000カ所以上で実施と自社のサイトに記しています。
――香りサービスをしている図書館もあるのですか。
たとえば㈱図書館流通センターが指定管理者になっている神戸市立の7図書館です。そのうち東灘図書館の場合、毎週火曜日と金曜日をアロマ・デーとし、1階の記載台横で香りを流し、2階(正面壁際)では音と香りの「おもてなし」をしています(注1)。
また兵庫県三田市では、市立図書館の本館で「三田をイメージした香り」を噴霧器で流すサービスを昨年8月に始めました。精油は市内に住むアロマセラピストたちが市のまちづくり活動支援助成金を受けてつくり、2カ月ごとに更新しています。
――なぜ多くの企業が導入するようになったのですか。
低成長の時代、他社と異なるサービスをして業績を上げるねらいでしょう。「消費者が香りそのものに代価を払う時代になり、香りは有効な販売促進手段になったのです」と香りサービスの企画会社は売り込んでいます。
――効果は上がっていますか。
導入した企業からは、「好評をいただいている」「客との会話のきっかけができた」「再来場する客が増えた」などの効果が報告されています(オリジナルなアロマを流しているホテルなどでは、そのアロマを販売している)。
ただ、いずれも感覚的な評価で、具体的にどれほどの収益増加をもたらしたかなどのデータは見たことがありません。また従業員は、「香りは長時間働いていると感じなくなる」という反応がほとんどです。
神戸市の7図書館は14年7~8月に利用者にアンケートをして、1819人から回答を得ています。それによると、香りサービスに「気づいていた」は22%にすぎませんでした。「わからない」が47%ともっとも多く、「アンケートで気づいた」が32%でした(注2)。
――「天然のアロマの香りを嗅ぐと、自然に返ったような気分になる」といわれますが、むしろ人工的な感じがします。
精油は植物中の香り成分を抽出して何十倍・何百倍にも濃縮し、さらに何種類かをブレンドして使います。原料は100%天然でも、人の手が何度も加わっているので、そう感じるのでしょう。
――精油は100%天然なので安全、というイメージですが。
精油には有害な成分もありますが(27ページ参照)、香料については業界の国際的な団体が安全性を評価して使用基準(スタンダード)を作成しており、日本の業者の多くもこの基準を守っています(注3)。健康な人が、品質のよい精油を決められた方法や濃度で使っている限り、心配は少ないと考えられます(香料などの化学物質を体内に取り込んではいる)。
しかし、化学物質過敏症(CS)やアレルギー体質の人は別です。化学物質に敏感な人は、ごく微量の化学物質でも吸い込むと反応して、すぐに体調が悪化します。意識や思考力が低下し、舌がもつれて言葉が出ず、考えもまとまらなくなります。吐き気やめまいを感じる人もいます。
また妊娠中や生理中の女性、高血圧の人、抗がん剤を使用中の患者、体調がよくない人なども香りに敏感になっており、体調が悪化することがあります。
――化学物質に敏感な人たちは実際に被害を受けているのですか。
あるCS患者会に尋ねたところ、たくさんの体験が寄せられました。そのいくつかを紹介しましょう。
▼Aさん(30歳代、男性)
15年10月、衣料品や家庭用品を扱う「無印良品」の草津エイスクエア店(滋賀県草津市)に行ったところ、販売中のアロマをデモンストレーションのため流していて、息苦しさや咳などの症状が出た。店内の商品(衣類)にもニオイがしみ込んでいて、買うことができなかった。店を出た後も衣類や髪の毛についたニオイが取れず、しばらく気分が悪かった。
▼Bさん(40歳代、女性)
15年12月に京都水族館へ冬の企画展「雪とくらげ展」を見に行ったところ、脳天を貫くような刺激を受け、気分が悪くなったので、急いで外へ出た。雪を表現したアロマを流しており、見学はできなかった。
▼Cさん(30歳代、女性)
妊娠中の14年12月に産婦人科を受診したところ、玄関・トイレ・安産スタジオなどが芳香消臭剤などのニオイに満ちていた。つわりがきついときで、そのニオイを嗅いだとたんに動悸が激しくなって吐き気がし、さらに子宮に差し込むような痛みが走ったので、流産の危険を感じて転院した。
翌年5月、別の総合病院の産婦人科を受診し、15分ほど待っているとやはりニオイに耐えられなくなり、予約をキャンセルして帰宅した。
▼Dさん(50歳代、女性)
今年春、名古屋市内のイオンで、自然派化粧品・石鹼メーカーLUSHの販売員が石鹼を泡立てて実演販売しているところに出会った。漂ってくる香りを嗅いだとたん、体がフラフラし、足がもつれたので、あわてて立ち去った。原材料を調べると、香料など多数の合成化学物質が使われていた。
――そんな事例を知ると、香り空間は問題の多いサービスであることがわかります。
不特定の人々が集まる空間でアロマを流せば、心地よく感じる人がいる一方で、少数ですが、健康を損なう人が出ます。そうした空間でのアロマサービスは止めるべきでしょう。少数の人たちも暮らしやすい社会にしていかなければなりません。
――サービスを止めさせた例もあるそうですが。
たとえば、首都圏の私鉄・東京急行電鉄が昨年2月に始めた「天然アロマによる香りの空間演出」です。周囲をガラス張りにした「シースルー改札口」や案内所など17駅23カ所に拡散器を置き、12種類の香りから駅ごとに選んで流し始めました。
これに対し消費者団体の日本消費者連盟が「CSで苦しむ人もいるなか、公共交通機関でのアロマ演出は問題だ」と、中止要請と質問書を二度にわたって送付。中止要請はほかの団体などからも寄せられ、サービスは同年9月で打ち切りになりました。
――声を上げることが大切ですね。
埼玉県熊谷市と神奈川県厚木市の例もあります。両市は昨年8月、市庁舎や図書館に業務用拡散器を設置して天然アロマの香りを流し始めました。来庁者へのもてなし、消臭効果、職員のリラックス・集中力向上などがねらいでした。
これに対しCS患者らの「香料自粛を求める会」などが質問書を提出。市民からも「気分が悪くなる」などの意見が寄せられ、いずれも同年8月末で打ち切られています。
(注1)はじめは毎日噴霧していたが、利用者から気分が悪くなるとの訴えがあり、週2日に改めた。実施日でも子ども向け行事があるときや夏休み期間中の日中は停止し、香りが苦手な人が声をかければ一時停止する。
(注2)サービスの頻度については、「週に2日でよい」が46%、「増やして」が52%。自由記入欄で「気分が悪くなる」「人工的香料はやめてほしい」などと回答したのは0・3%だった。
(注3)香粧品香料原料安全性研究所(RIFM)が、皮膚刺激・感作性・光毒性・急性経口毒性・急性経皮毒性・眼粘膜刺激性・代謝などの項目について安全性を評価し、それを基に国際香粧品香料協会(IFRA)が、安全に使用するための基準を定めている。基準は「使用してはいけない成分」や「用途により使用量に上限のある成分」を定めており、日本の業界もこれを守っている。ただこの自主規制には研究の公開性が低いなどの問題が指摘されている(本誌2016年6月3日号参照)。
【アロマの市場規模】
日本アロマ環境協会の調査によると、2015年のアロマ(精油)関連市場の規模は3337億円で、前回調査(11年)より26%拡大した。
内訳をみると、①アロマセラピー市場(製品やサービス)が609億円、②精油配合製品等市場(化粧品・衣類洗剤・芳香剤など)が2728億円だった。
①のうち「アロマ空間サービス」は15億円で、前回より36%増。前回はホテルなどが中心だったが、今回はオフィスや医療施設などにも広がっており、一層の市場拡大が見込まれるという。
②で急増したのは「アロマ化粧品」(天然の精油を配合し、化学合成成分はできるだけ使わない自然派化粧品、オーガニック化粧品を含む)で、1294億円だった。また「アロマ衣類洗剤」(精油が配合されている洗剤・柔軟剤)も伸び、600億円だった。
(2017年9月8日号に掲載)