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甘粕事件で大杉栄と共に虐殺された橘宗一少年の墓前祭が名古屋で
2017年10月6日6:13PM
関東大震災直後、憲兵らがアナキストの大杉栄らを殺害した事件で、一緒にいて殺害された甥の橘宗一少年(当時6歳)を追悼する墓前祭(主催:橘宗一少年墓碑保存会)が9月10日、名古屋市千種区の覚王山日泰寺の墓地で開かれた。今年で43回目を迎えた墓前祭には70人以上が参加。僧侶の読経が流れるなか、献花、焼香が行なわれた。墓は1972年に近所の女性が偶然に発見。その後、3人に縁のある関係者14人で保存会を立ち上げ、毎年9月に墓前祭を開いてきた。
橘少年は1917年、現在の愛知県海部郡大治町に住んでいた橘惣三郎と、大杉の妹・あやめの長男として米オレゴン州・ポートランドで生まれた。帰国中の23年9月16日、伯父の大杉とその妻・伊藤野枝と東京に出かけた際、憲兵隊に強引に連行され、3人とも殺害され、遺体は井戸に捨てられた。
アナキストが震災後の混乱に乗じて政府転覆を図ることを恐れ、憲兵大尉の甘粕正彦らが殺害を決行したとされる。事件数年後に惣三郎が建てた墓碑の裏側には「大杉栄、野枝ト共ニ、犬共ニ虐殺サル」と彫られている。
「息子を殺された父親の激しい怒りが滲み出ています。墓が目立たない場所にあったからよかったが、警察に見つかっていたら、彼もしょっ引かれていたでしょう」と保存会発起人の竹内宏一氏は言う。
墓前祭は「少なくとも事件100周年となる2023年までは毎年開催していく」(竹内氏)予定だ。
墓前祭終了後は名古屋YWCAホールに会場を移し、大杉栄など初期社会主義関連の著作もある梅森直之・早稲田大学教授が講演。共謀罪に関連する話題やレーニン国家観との比較、労働者自身が自らを進んで体制に隷従していくような権力形態への洞察など、多様な大杉の思想の可能性が紹介され約50人が聴き入った。
(竹内一晴・ライター、9月22日号)