安倍自民党圧勝でも課題山積の公約に不安の声 「教育無償化」で歪む社会保障
2017年11月14日3:37PM
2017年衆院選は、自民党の圧勝で幕を閉じた。安倍晋三首相は公約に掲げた「教育無償化」を進める意向だ。しかし課題は多い。財源が増えないもとでの教育費の膨張は、社会保障制度を圧迫する、との懸念も根強くある。
衆院選の大勝から一夜開けた10月23日。揚々と記者会見に臨んだ安倍首相は、選挙直前に打ち上げた「2兆円規模の子育て政策パッケージ」に触れ、「教育の無償化を一気に進める。消費税の使い道を見直し、子育て世代、子どもたちに大胆に投資する」と語った。
「パッケージ」は、3~5歳児の教育・保育の完全無償化(約7300億円)や、0~2歳児保育費の一部無償化(500億~2300億円程度)が柱。他には大学生向けの給付型奨学金の拡充や、待機児童解消に向けた32万人分の保育施設整備などが並ぶ。
19年10月に消費税率10%への引き上げが実現すると、約5・6兆円の増収となる。この中から約4兆円を「社会保障の安定化」に充てるのが当初の政府方針。社会保障費のうち、国が借金で補填してきた部分を増税分で賄うように改める構想だった。だが、首相は唐突に約1・7兆円分を教育無償化などに振り替えるとし、衆院解散に踏み切った。「2兆円パッケージ」に足りない約3000億円分は、企業の負担増で埋める。
安倍首相は27日夕、経団連の榊原定征会長に協力を要請。榊原氏は「応分の協力はすべきだ」と応じた。
ただ、自治体や保育の現場では「待機児童の完全解消が先」との声がやまない。保育士不足の解消なしに保育施設の整備は進まないし、そもそも枠を32万人分増やしても足りないだろうという。東京都のある区の幹部は「保育所無償化で入所希望が増え、待機児童もまた増える。入所できた親とできない親の格差拡大と分断が進み、社会不安が広がる」と見ている。
【財務省牽制する厚労省】
「法改正は不要ですよ」
最近、財務省幹部は国会議員らにこう耳打ちしている。12年に成立した社会保障・税の一体改革関連法のことだ。同法は消費税の使い道を年金、医療、介護、子育ての「社会保障4経費」に限り、いわゆる教育費は含めていない。4経費への「侵犯」を警戒する厚生労働省は、「教育無償化にまで広げるなら、法改正が必要」と財務省を牽制している。
これに対し、「奨学金も子育て支援」というのが財務省の言い分だ。借金返済に充てる予定のカネを教育無償化に取られて青くなり、「消費増税の撤回よりはマシ」と、安倍官邸に尻尾を振る側に回った。そして借金返済分を別に確保すべく、社会保障費カットにムチを入れようとしている。
10月25日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)。年末の18年度予算編成に向けて、医療機関に支払う「診療報酬」の改定議論を始めたこの日、財務省は「2%半ば以上のマイナス」を強く求めた。診療報酬改定は2年に一度。1%減は約4500億円の医療費圧縮になる。また18年度予算編成は、3年に一度の介護報酬改定、5年に一度の生活保護見直しの時期とも重なる。同省は訪問介護費の圧縮などによる介護報酬削減、生活保護費の引き下げなども提示したほか、所得の低い世帯に支給している児童手当の「特例給付」廃止案まで挙げた。
財務省が社会保障費削減に躍起なのは、18年度予算でも教育無償化の財源をひねり出す必要に迫られているからだ。2兆円の子育て政策パッケージは消費増税後でも、選挙公約だけに今から「芽出し」はしておかないといけない。
社会保障・税の一体改革は、消費増税分を社会保障の「安定化」と「充実」に充てると定めている。介護保険料の軽減など、個別政策への使途も決まっている。
「パイを増やさないまま教育無償化を無理に割り込ませば、改革の全体像が壊れ、『社会保障費のツケを後の世代に負わせない』という理念まで崩れかねないよ」
厚労省幹部はそう言って、深いため息をついた。
(吉田啓志・『毎日新聞』編集委員、11月3日号)