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「人づくり革命」は妖魔の森の家(浜矩子)
2017年12月10日7:00AM
『妖魔の森の家』という小説がある。ミステリーの妙手、ジョン・ディクスン・カーの短編だ。密室トリック物に関して、超絶技巧を誇る先生である。だが、それと同時に、先生の作品には、どこかに必ずオカルト的怪しさが盛り込まれる。それがことのほか怖い。
『妖魔の森の家』の中にも、そんなディクソン・カーの世界が凝縮されている。むろん、ここでその筋書きを紹介するわけにはいかない。ネタバレになる。そもそも、好きな小説を語るのが本欄の役目ではない。ここで言いたいのは、今、われわれは妖魔の森の前に立っているということだ。政治と政策の妖魔の森だ。
「人づくり革命」などという言葉が打ち出されてきた。それは、「生産性革命」と二人三脚の関係にあるのだという。この二人三脚を首尾よくゴールインさせるために、「人生100年時代構想会議」なるものが立ち上げられた。「人生100年時代構想推進室」というのも、設置されている。この体制が、「一億総活躍社会」化に向けての「本丸」だ。安倍首相がこのように言っている。
ヒト・モノ・カネ。これらが、経済社会を動かす三大要素だ。この中で、一番大事なのは、むろん、ヒトである。あくまでも、ヒトが主役だ。モノとカネは、主役を支える脇役だ。あるいは、小道具である。舞台中央に立つのは、常にヒトでなければならない。
このヒトという名のスターに向かって、妖魔たちの手がいよいよ本格的に伸びてきている。「人づくり革命」・「生産性革命」・「人生100年時代構想」・「一億総活躍社会の本丸」。これら一連の言葉のブロックによって築き上げられる構造物。それが今の日本における妖魔の森の家だ。筆者にはそう思える。
2017年3月末に、政府は「働き方改革実行計画」という文書を発表した。2016年9月に始まった「働き方改革実現会議」の議論を通じて取りまとめられたものである。「働き方改革実現会議」を立ち上げるに当たって、安倍首相が、これからは生産性大革命を目指す必要があると言っていた。それがあったから、「働き方改革」の次の目玉商品として「人づくり革命」が打ち出された時、筆者は、必ずや、そこに「生産性革命」というテーマが絡むに違いないと考えた。果たしてその通りであった。
労働生産性を革命的に引き上げる。そのことによって日本経済の成長力を高める。そして、その対外競争力を強化する。強い「お国」のための強い経済基盤を確立する。そのための人づくり革命だ。そのための人生100年時代構想だ。そのための一億総活躍なのである。お国のための人づくり。かくして、主役であるはずのヒトはクニに隷属することとなる。
妖魔の森の家は恐ろしい家だ。聞こえないはずの声が聞こえる。そこにいるはずの人がいなくなる。その中に入っていったはずの人が、出てこない。妖魔たちに拉致されてしまうのだ。妖魔の森の家は、人を騙す家だ。見かけとは違うだまし絵の家だ。この家に足を踏み込んではいけない。この家に誘い込まれてはいけない。妖魔の森に近づいてはいけない。
(はま のりこ・エコノミスト。11月24日号)