日本の医療が陥っている危機とは(高橋伸彰)
2017年12月16日3:01PM
この9月に厚生労働省が公表した「国民医療費の概況」によると、2015年度における75歳以上の高齢者の医療費は1人平均92.9万円と、65歳未満の同18.5万円の約5倍になっている。
75歳以上の人口は2015年10月1日現在で1632万人、日本の人口に占める比率は12.8%だが国民医療費に占める比率は35.8%、その金額も15.2兆円に達している。こうした数字をみる限り医療費増加の主因は75歳以上の高齢者にあるように見える。
事実、通院している人の比率は1000人あたりで75歳以上が728人(2017年「国民生活基礎調査の概況」)と全年齢平均の同390人の1.9倍、入院患者数に占める比率も5割(2014年「患者調査の概況」)を超えている。
だが、改めて医療費の動向を見れば老人医療の対象年齢が75歳以上に引き上げられた2007年度から2016年度にかけて、老人の医療費は総額で約44%増加したが、このうち75歳以上人口の増加による分は28.5%であり、残りは1人あたり医療費の増加が原因である。また65歳未満の医療費も同期間で人口が1億30万人から9323万人に7%減少したのに15.8兆円から17.2兆円に8.9%増加している。
政府は医療費増加の主因を高齢化に求め、高齢者の負担増で医療費の抑制を目論むが、かりに現行1割の自己負担割合を現役並みの3割に引き上げれば、自己負担の絶対額は65歳未満の5倍に膨らんでしまう。
実際、高齢者の外来および入院の受療率は負担増加にともない低下しているが、一方で疾患を抱える高齢者の有病率が上昇していることを見れば、必ずしも負担増で「無駄」が抑えられているとは言えない。むしろ負担増で必要な医療も受けられずに苦しむ高齢者が増えている恐れのほうが強い。
言うまでもなく医療費の増加をもたらしているのは人口構造の高齢化だけではない。高額な薬剤の投与や最新の医療機器による検査費の高騰で65歳未満の医療費も増加している。国民皆保険が制度化されている日本では体調がすぐれなければ、病院に行き診察を受けるのが本人にとっても、また家族にとっても安心できる最善の対応である。それに対してどのような検査や投薬あるいは治療を施すかは診察する医師の裁量に依存している。
ここで問われるのは、日本の診療報酬制度が医師に適切な医療のインセンティブを与えているか否かである。たとえば初診とは医師が患者と初めて対面し、その症状や過去の病歴、家族の既往症などを問診したうえで、どのような検査や治療が適当かを診断するきわめて重要な医療行為である。
その報酬が医師の経験や技量、問診の内容や時間にかかわらず一律に2820円と定められているのはなぜか。同じ報酬なら初診を簡単に済ませ、検査や投薬を多用する方が「算術」的には得である。それを医師の「仁術(医師の倫理)」でカバーせよと言うのは理想論であっても現実的には無理な注文だ。
日本の医療が陥っている危機は医療費の増加だけではない。高齢者の負担増や安価なジェネリック薬の勧めでは解決できない本質的な問題が、なお潜んでいることを見落としてはならない。
(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。12月1日号)