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「定額働かせ放題」高プロ法案危うし
野党追い風、安倍政権失速か
吉田啓志|2018年3月26日1:22PM
働き方改革関連法案を巡る、安倍政権vs.野党の第2ラウンドが幕を開ける。裁量労働制の拡大部分の削除に追い込まれた政府は、残る「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」を死守する構えなのに対し、にわかに結束した野党は、裁量労働制撤回の再現を狙う。収束の兆しはなく、法案が宙に浮く可能性も出てきた。
安倍晋三首相が裁量労働制の断念を表明した1日夜。首相官邸の高官は野党への怒りを隠さず、「高プロを削除すれば経済界がもたない。譲らない」と強調した。
高プロは年収1075万円以上の専門職を労働時間規制の対象から外す制度。政府は「時間にとらわれない柔軟な働き方が可能」と言う。だが、野党は「成果出すまで働かされ放題となる残業代ゼロ法案」と批判してきた。連合の要望を汲んで「年104日以上の休日確保義務」が加わったものの、高プロには裁量労働にある深夜・休日労働への割増賃金すらない。野党は「スーパー裁量労働制だ」(辻元清美・立憲民主党国対委員長)と削除を迫っている。
働き方改革関連法案は、裁量労働制の拡大と高プロという経済界が求める規制緩和と、残業時間の罰則付き上限規制など労働界が主張する規制強化がセットになっていた。厚生労働省のでたらめな調査データの露見で裁量労働制こそ諦めた政府だが、高プロまで削除すると労働側にバランスが大きく傾く。高プロ死守は譲れない一線だ。2019年4月から1年延期するとしていた施行時期も、経済界に配慮して元に戻す。
安倍政権にとって、厚労省は鬼門となってきた。第1次政権時には「消えた年金」が社会問題化し、退陣につながった。以来、首相は「もうあの二の舞はごめん」と漏らし、政策決定から同省を遠ざけている。今回もずさんなデータの大量発覚に、首相周辺は「また厚労省か」と苛立つ。
安倍政権は高プロも、厚労省労働政策審議会の頭越しに政府の産業競争力会議で打ち出した。同省を「労働時間の規制緩和に消極的」とみてのことだ。官邸幹部からは「ずさんなデータは法案つぶしを狙った厚労省のリーク」との厚労省自作自演説まで飛び出す始末。同省は「また官邸との距離が……」(幹部)と小さくなっている。
【求心力低下に直結】
汚名返上を目指す厚労省だが、勢いに乗る野党の攻勢をしのげる見通しは立っていない。そんなさ中、裁量労働制を違法に適用していた野村不動産で社員の過労自殺が発覚した。大手でも違法がまかり通る現状に、野党は「反規制緩和」で足並みをそろえ、民進党の大塚耕平代表は「高プロを断念すれば平和的に審議が進む」と首相を誘う。立憲民主党の長妻昭代表代行は「高プロも厚労省の異常データに基づいて議論された」と指摘し、自民党幹部らを「高プロの成り立ちに問題はないんだろうな」と不安にさせている。
高プロの対象者は給与所得者の3%未満と、裁量労働制よりずっと少ない。連合は一時、104日以上の休日確保義務を追加することで賛成に傾いた。連合が反対に戻った後も休日確保義務を残したことで、政府内には「裁量労働制ほど強い反対は起きないのでは」との楽観論も出ている。
しかし、高プロを盛り込んだ労働基準法改正案は一度15年4月に提出されながら、棚ざらしのまま廃案になった。安倍政権は07年にも似た制度の実現を目指し、断念している。働き方改革を「今国会の最重要法案」と位置づけてきただけに、さらなる後退は求心力低下に直結する。さりとて、安全保障関連法のように強引に進めれば支持率が大きく下がりかねない。そうなれば自民党総裁3選や悲願の憲法改正議論にも影響する。
ここへきて、森友学園への国有地売却に絡む財務省の決裁文書改竄疑惑も浮上した。来年の統一地方選や参院選をにらみ、中小企業経営者の意向を気にする自民党の議員からは「規制色の強い法案になるくらいなら出さない方がいい」との声も出始めている。
(吉田啓志「毎日新聞」編集委員)
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