自殺しない日本の首相
佐高信|2018年4月8日8:00AM
「自殺しない日本の社長」と書いて、内容証明郵便を送られたことがある。1991年から92年にかけて、『朝日新聞』に連載した「新・会社考」のある回でだった。
「決して自殺をすすめるわけではないが、日本の大手企業の社長は自殺しない。アメリカのコンチネンタル航空のフェルドマン会長が1981年に自殺した。ビジネス上の失敗がその原因だったが、このように、ビッグビジネスのトップが自殺することはアメリカでは少なくない。しかし、日本で汚職や倒産などの責任を負って、大手の銀行や鉄鋼会社のトップが自殺することはない。かわりに、部長や課長などのミドルが自殺する。
76年にKDD密輸汚職事件が発覚した。元社長の板野学氏や元社長室長が業務上横領の罪に問われ、91年3月に東京高裁で二審判決が出たが、収賄罪の郵政省元幹部職員を含めて、板野氏以外は一審で執行猶予判決を受け、それに服したのに対し、板野氏だけがまだ争っている。
この陰で、これまで事件にかかわった2人のKDD社員が自殺したことは、もう忘れられた感じである」
一節だけを引いたが、これに対して、板野の弁護士から内容証明郵便が届いた。2人の社員の自殺に板野は関係ないといったものだった。
財務官僚の劣化には驚く
多分、麻生太郎も安倍晋三も板野と認識に於て違いはないだろう。明らかに安倍の“お友だち”に便宜を図るために公文書まで書き換えているのに、自分に責任はないと思っているのである。
「忖度」は政官界だけでなく、ヨリ多く企業社会にあり、日本の会社を“忖度社会”と名づけたのは内橋克人だった。
それにしても、大蔵(現、財務)官僚の劣化には驚く。官僚の中の官僚を自負する彼らには、政治家何するものぞという気概を持つ者がいた。
その政策の是非はともかく、1968年秋、大蔵省から経済企画庁(現、内閣府)の官房長に出向していた岩尾一は、食管赤字が膨大になっているのにいつまでも高米価政策をつづけるのはおかしいというキャンペーンを張り、自民党のコメ議員たちを刺激した。そして遂には党本部の会議室に呼び出されたが、その席でも岩尾は「米価引き下げ論」をブチ上げた。そのため、次のような罵声を浴びせられ、灰皿まで投げつけられたのである。
「小役人の分際で何を言うか、帰れッ」
のちに“下半身スキャンダル”で大蔵省を去る田谷廣明でさえ、1987年に主計官だったころは歴史に残る発言をしている。予算編成をめぐる記者団への事前説明の中で、
「航空機の時代が来ていたのに、日本の海軍は大艦巨砲主義に固執して戦艦『大和』や『武蔵』をつくった。整備新幹線も完成までに10年から20年はかかる。できた時には時代遅れになっているだろう」
と言ったのである。
さらに
「大蔵省には『昭和の三大バカ査定』といわれているのがある。(1)が『大和』や『武蔵』。(2)が昭和30年代の伊勢湾・鍋田の干拓事業。(3)が青函トンネル。もし整備新幹線の昭和63年度予算を認めたら、(3)と建設費の桁が違うから、それと入れ替わって『三大バカ査定』の中に入ってしまう。だから、1円たりとも認めない。(整備新幹線推進派の自民議員たちは)『建設費も維持費も国に出せ』と言い、その上に『固定資産税も免除せよ』と言っているが、それではまるで『オンブにダッコにオシッコだ』」
と続けた。表現の激しさはあるにしても田谷の指摘はもっともだろう。しかし、これに新幹線推進の森喜朗はカンカンになった。森も首相をやったが、自殺はしそうにない。
(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、2018年3月16日号)