ヘイトスピーチのネット監視 法制度上の限界も
平野次郎|2018年4月26日11:32AM
インターネット上で野放し状態にあるヘイトスピーチ(差別煽動表現)を抑止するため、兵庫県と鳥取県がネットの書き込みを監視し悪質なものは削除要請するモニタリング(監視)事業を今年度から開始する。
部落差別を中心としたモニタリングは2000年ごろから西日本の一部自治体が実施しているが、16年にヘイトスピーチ解消法、部落差別解消法の2法が施行されたのを受けて自治体での取り組みが広がりを見せている。
兵庫県人権推進課によると、ネットモニタリング事業は掲示板などの書き込みについて「ヘイトスピーチ」「部落差別」などを対象に一定のキーワードを設定して検索。悪質な書き込みについては該当する各市町に情報提供するとともに掲示板管理者やプロバイダ(接続事業者)に削除要請し、神戸地方法務局にも削除要請を依頼する。検索業務は兵庫県人権啓発協会に委託し、随時実施する。
また各市町でのモニタリングを促進するため、検索の方法や削除要請の留意点などを習得する市町職員研修を計画している。鳥取県のモニタリング事業も兵庫県とほぼ同様だが、監視対象を部落差別に限定する。両県とも早ければ5月からの実施を目指している。
インターネットの普及により匿名性の陰に隠れて、被差別部落や在日外国人などを誹謗中傷する差別表現が目立つようになったのは2000年前後。なかでも被差別部落の所在地を一覧できる「部落地名総鑑」や特定の被差別部落の写真や地図を掲載して差別を煽動する書き込みが相次いだ。このため広島県福山市、奈良県、香川県、三重県、兵庫県尼崎市などの自治体では、人権担当課が民間団体などの協力でモニタリング事業を実施している。
【法制度上の限界も】
尼崎市のモニタリング事業について担当のダイバーシティ推進課で話を聞いた。
同市では職員によるネット差別書き込み事件を機に10年度から事業を開始し、15年度から尼崎人権啓発協会に業務委託している。市役所内のモニタリング室にパソコンを設置して毎週月・金曜の2回、「5(旧2)ちゃんねる」などの掲示板をチェックしている。
差別書き込みの中で圧倒的に多いのは被差別部落の地名を挙げたもので、17年度は、プロバイダなどに1727件の削除を要請し、うち1448件が削除されている。だがヘイトスピーチに関しては、「戦争が始まったら殺すべき在日のリストがほしい」「日本の残虐猟奇事件は朝鮮人が多く関与している」といった差別を煽る書き込みが削除されることはほとんどない。神戸地方法務局尼崎支局に削除を依頼しても、「削除すべき差別表現かどうか判断が難しい」として応じないことが多い。
こうした差別書き込みの削除を求める根拠として02年施行のプロバイダ責任制限法がある。同法を受けてプロバイダなどの業者団体が作成したガイドラインにより、名誉毀損やプライバシー侵害などの被害者本人がプロバイダに削除要請するのを原則とし法務省に削除要請を依頼することもできる。06年のガイドライン改訂では利用者向けの契約約款モデル条項の禁止事項に「他者への不当な差別を助長する行為」が加えられた。
だが何が差別助長行為に当たるのかの判断基準がないため実効性に乏しかった。このため大阪府などの自治体が、モデル条項の「差別を助長する行為」の具体例として「人種、民族などの属性を有する集団や個人の排除などを呼びかける行為」「同和地区の所在地名や地図などを掲示する行為」の2点を例示するよう業界団体に働きかけることを国に要望。ようやく17年3月、業界団体は「ヘイトスピーチ」「同和地区を示す情報」の2点を例示した。
しかし、もともとプロバイダ責任制限法は個人の権利侵害を対象としているため被差別マイノリティへのヘイトスピーチに適用するのは難しく、差別禁止法をもたない日本の法制度の不備が浮き彫りになっている。
(平野次郎・フリーライター、2018年4月13日号)