トランプ大統領が求める「相互主義」
浜矩子|2018年5月22日2:54PM
日米首脳会談が開かれた。こう書いてみてつくづく思う。この2人ほど、「首脳」という言葉の字面に合わない人物たちはいない。
この2人に共通するものは何か。それは、愛僕主義だと筆者は思う。僕ちゃん、僕ちゃん、僕ちゃんのことが一番大事。この種の人々が2人でゴルフをしても、そこから生産的なものは何も出てこない。
はたして、今回の僕僕会談から何も生産的なものは出てこなかった。だが、およそ生産的でないものは、一つころがり出てきた。それは、相互主義という概念だ。
相互主義を英語でいえば、「レシプロシティ(reciprocity)」である。交渉用語だ。特に通商交渉に関わって使われる。相互主義は、自分が相手より絶対に損をしないことを原則とする姿勢を指す。
レシプロシティを英和辞典で引くと、「相互主義、互恵主義」という説明が最初に出てくる。この解釈には大きな問題がある。そう筆者は確信している。なぜなら、「互恵」はお互いに恩恵を施し合うことを意味する。だが、「相互」は、必ずしも恩恵の共有を前提としてはいない。あくまでも、相手より損をしないことを目指すのが相互主義だ。そこに双方向的な恩恵が伴うかどうかは、相互性の判定基準にはならない。
相互主義に基づく通商関係においては、相手が自分に不利益をもたらしたと思えば、自分もそれと同等の不利益を相手に及ぼしていいということになる。そこに、互恵性が入り込む余地はない。だから、相互主義は容易に報復主義に転化する。
1930年代を通じては、国々が相互主義の名の下に保護貿易の応酬を繰り広げた。そのことを通じて、第2次世界大戦への扉を押し開けた。このことへの反省があるからこそ、WTO(世界貿易機関)は、今日の国際通商関係に言及する時、必ず「相互的で互恵的」という表現を使う。相互主義の独り歩きを回避しているのである。
ところが、トランプ大統領は、平気で相互主義を声高に主張する。彼が貿易に言及する時、そこには、必ずといっていいほど、相互主義が登場する。貿易は「フェアでレシプローカルでなければならない」。これがトランプさんお気に入りの言い方だ。これほど露骨にレシプローカルを連発するアメリカ大統領は、戦後においていなかったのではないかと思う。
戦後の良識ある「首脳」たちは、相互主義を前面に出すことを意識的に避けてきたと考えていいだろう。2回の世界戦争を引き起こしてしまった人類は、平和のための通商エチケットとして、相互主義を封印したのである。
だがトランプ大統領は、今回の会談で日本にも相互主義を求めた。相互性の確保に向けて、2国間FTA(自由貿易協定)の締結を求めてきた。これに対して、安倍首相は「通商関係は多国間で」という立場を貫いた。メディア報道ではそういうことになっている。
だが、首脳会談の映像をみた限りでは、決して相互主義を明確に否定してはいない。そもそも、相互と互恵の区別がついていないかもしれない。愛僕者にとって相互と互恵の違いは解り難いだろう。これから先が実に思いやられる。
(はま のりこ・エコノミスト。2018年4月27日号)