豊洲への市場移転問題
「仲卸業者らが拒めば無効」
永尾俊彦|2018年6月18日12:44PM
東京都(小池百合子知事)が進める豊洲新市場(江東区)への移転について、協同組合員の権利に詳しい熊本一規・明治学院大学名誉教授は5月29日、移転に反対する築地市場(中央区)の仲卸業者の女性らでつくる「築地女将さん会」の学習会で、「知事の許可を受けて仲卸業者は業務を行なっており、また長年にわたり築いてきた信用や名声である『のれん』もある」、だから「仲卸業者は営業権を持っている」とし、「豊洲への移転を決められるのは仲卸業者であって、営業権を持たない東卸(東京魚市場卸協同組合)ではありません」と述べた。
学習会は築地市場内の厚生会館で開かれ、約30人が参加。仲卸業者の野末誠さんは「今まで『大家』の都の言うことには従わなきゃなんねえという認識だったが、違うんだ」と目からウロコが落ちたようだった。また、「築地女将さん会」の新井眞沙子さんも「仲卸業者は声をあげることができるんだとわかりました。これを皆に広げなきゃ」と感激した面持ちで話した。マスコミは、10月11日の移転は確定したかのように報じているが、熊本名誉教授の指摘によれば、都は営業権を持つ権利者の同意を得なければ移転ができないことになる。
東卸は、1998年に全組合員投票を実施し「築地再整備495票、豊洲移転376票」で、現在地再整備を「機関決定」した。が、2014年11月14日の総代会で、当時の伊藤淳一理事長が機関決定の白紙化を提案。ある総代が「組合員の皆さんの意思を確認すべき」と反対したが、伊藤理事長は「意思を確認したところで現在地再整備はない」「移転に反対が多数になった場合(略)誰も責任を取れない」などと述べ、「機関決定を白紙にして移転に向けて組合一体となりましょう」(議事録より)と呼びかけ、採決せずに拍手で機関決定を「白紙化」してしまった(本誌1月26日号で既報)。
また、現在の早山豊理事長も昨年12月、「仲卸業者は知事の許可のもと存在している」ことと「豊洲市場しか選択肢はない」ことを理由に、豊洲市場の開場日を今年10月11日と決めてしまった。
これらの「決定」について、熊本名誉教授は「権利のない者が勝手に声をあげた無権代理行為にすぎず、権利者(仲卸業者)が追認を拒めば無効です」と指摘した。
【営業権組合で都と交渉へ】
筆者は、都中央卸売市場業務課に、「営業権を持っているのは仲卸業者なので、移転には個々の仲卸業者の同意が必要ではないか」と質した。同課は「民民(仲卸業者同士)の間では、営業権はあるだろうが、都と仲卸業者との関係では、(営業権ではなく)都が仲卸業者に市場の中で業務を行なうことを許可する条例上の行政行為だと考えています」とし、「仲卸業者の同意を得る必要はありません」と答えた。
これに対し、熊本名誉教授は、「許可がなされた時、許可は『利益』にすぎませんが、市場で営業を続ける実態が積み重なっていくうちに次第に利益は権利に成熟します。これを『慣習上の権利』と呼んでいます」と反論。そして、公共事業に伴う財産権の損失補償について定められた「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(1962年閣議決定、以下「要綱」)には、公共事業に伴う営業権の侵害について補償すべきことが規定されていると指摘した。
その上で、熊本名誉教授は、「要綱は「財産権は侵してはならない」と規定している憲法29条に関して定められたものですから、『要綱』違反は憲法違反です」と述べた。
一方、東京中央市場労働組合の中澤誠委員長は6月2日に明治大学で開かれた「希望のまち東京をつくる会」主催の豊洲移転を考える集会の講演で、「今後は(営業権)組合を作り、都と交渉する」方針を打ち出した。同会代表の宇都宮健児弁護士は、仲卸業者の営業権だけでなく、汚染された豊洲市場への移転で食の安全を脅かされる人々の人格権に基づき、広く原告を募り、移転差し止めの訴訟を起こすことも明らかにした。
(永尾俊彦・ルポライター、2018年6月8日号)