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「高プロ」成立に電通過労死の遺族が涙
「過労死防止と矛盾する」
吉田啓志|2018年7月25日11:45AM
年収が一定以上の一部専門職を労働時間規制の対象から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」を盛り込んだ働き方改革関連法が、与党などの賛成多数で成立した。政府は「柔軟な働き方が可能になる」と説明する。しかし、高プロは「1日8時間、週40時間」労働を定める労働者保護法制の大原則を根底から揺るがす制度だ。今後、対象職種が次々広がる懸念もぬぐえない。
6月29日午前、国会で参院本会議を傍聴して同法の成立を見届けた高橋幸美さん(55歳)は、無念の涙を流していた。電通社員で過労自殺をした高橋まつりさん(当時24歳)の母だ。この後、記者会見に臨んだ幸美さんは「高プロは過労死防止と矛盾する。絶対に納得できない」と語気を強めた。
ホワイトカラーは労働時間と成果が必ずしも比例せず、生産性の低い社員の残業代を削りたい――。こうした経済界の意向を受け、高プロは制度化された。加藤勝信厚生労働相は「労働時間でなく、成果で評価を受けたい人は多い」と胸を張る。だが、対象者はどれほど残業や休日出勤をしても、「残業代ゼロ」で「働かされ放題」となる可能性は否めない。
【ヒアリングはわずか12人】
「成果と賃金がリンクするとは書いていない」。働き方改革関連法案の衆院通過を控えた5月23日。衆院厚労委員会で共産党の高橋千鶴子氏はこう指摘し、「残業代や深夜割増手当を払わなくてもいいだけだ」と法案の撤回を迫った。「時間でなく成果で評価する」と繰り返す安倍晋三首相への反論だった。
事実、法律の条文には「成果に応じた賃金」という趣旨の文言はない。「労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定は、対象労働者については適用しない」との一文が同法の柱だ。対象労働者に関し、使用者は労働時間規制を守る必要はないというのが法律全体の骨格と言える。
その対象労働者について、政府は「為替ディーラーなど高度な専門職」で「年収1075万円以上」と説明している。ただ業種は例示にすぎず、実際はこれから厚労省が省令で定める。1985年、13業種で始まった労働者派遣法は野放図に広がり、99年に原則自由化、03年には最後の砦、製造業まで含められた。裁量労働制も当初の11業務から同省の告示で19業務に広がった。自民党の塩崎恭久氏は厚労相だった15年4月、高プロについて「小さく産んで大きく育てる」と口を滑らせている。
年収要件も、法律には「基準年間平均給与額の3倍の額を相当程度上回る水準」とあるだけ。1075万円という基準は法案作成時の想定にすぎない。計算には通勤手当も含まれる。パート労働者も合わせて平均額を算出する仕組みになっており、景気次第で大きく下がりかねない。経済界はかつて「年収400万円以上」を主張していた。与党内にも「700万円に下げると提案しても、反対する人ばかりだろうか。低所得層は『贅沢言うな』と賛成に回り、国民を一層分断させる恐れがある」(中堅議員)との懸念が漏れる。
健康確保措置の義務化も、「年間104日以上の休日付与」と「臨時の健康診断」を組み合わせればクリアできる。高プロの適用者は、高プロとセットで導入された「忙しい月でも100時間未満」との残業に関する上限規制も受けない。長時間労働や過労死の歯止めとしてはあまりに弱い。
働き方改革関連法案は、労働時間規制の強化策と緩和策を無理に同居させていた。このうちずさんな労働時間データを元に設計された裁量労働制の拡充案は削除に追い込まれ、経済界が求める緩和部分は出足からつまずいた。政府は残る緩和策、高プロを「希望する方のニーズに応える」(加藤厚労相)として導入を訴えたものの、その「ニーズ」とは、5社の12人からヒアリングをした結果で、9人は人事担当者同席での聞き取りだったことが後に判明した。ウソとまやかしで塗り固められた高プロは、多くの疑問が解消されないまま来春スタートする。
(吉田啓志・『毎日新聞』編集委員、2018年7月13日号)
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