日銀人事に見る日本の金融が正常化しない理由
高橋伸彰|2018年8月12日12:10PM
この3月に日本銀行副総裁に就任した若田部昌澄氏は、『日本経済新聞』(2018年6月29日)のインタビューで「持論を修正したのか」と問われ、「基本的な考えは変わっていない」「必要な政策は大規模な金融緩和だ」「金融政策には限界がない」と答えた。
若田部氏は早稲田大学教授時代からリフレ派として知られ、現行の緩和で2%の物価上昇がむずかしいなら、追加緩和をすればよいと説いてきた。若田部氏だけでなく、再任された黒田東彦総裁をはじめ審議委員の原田泰氏、櫻井眞氏、片岡剛志氏などリフレ派が、金融政策を決定する日銀の政策委員会で多数を占める。
日本銀行法の第23条2項には「審議委員は、経済又は金融に関して高い識見を有する者その他の学識経験のある者のうちから、両議院の同意を得て、内閣が任命する」と定められているが、この規定を満たす経済や金融の専門家は、言うまでもなくリフレ派に限らない。
それにもかかわらず、日銀の政策委員会をリフレ派が牛耳るのは、安倍晋三首相が黒田総裁を筆頭に「自分の考えと合う」専門家を次々と日銀に送り込んだからだ。日銀の勤務経験がある岩村充早大教授(『金融政策に未来はあるか』岩波新書)によれば、安倍首相は政権復帰後の2013年2月の参議院予算委員会で日銀総裁の条件について問われ「新たに任命する総裁、副総裁については、私と同じ考え方を有する(中略)方にお願いしたい」と明言したという。
この発言で「1997年の日銀法改正によって政府から独立の存在となったはずの日銀は(中略)政府の政策実施機構の一つになった」と岩村氏は指摘する。
実際、黒田総裁は就任に先立つ2013年3月の国会質疑で、2%の物価上昇達成の時期について「いつ達成できるか分からないということでは目標にならない(中略)2年というのは一つの適切なめど」(『立法と調査』2018.6 No.401)と述べ、金融政策のみによる目標の達成可能性についても「長い金融政策の歴史を見ても可能」と答えて、デフレ脱却を最優先に掲げる安倍首相と共に歩む意思を示した。
その顛末が6度にわたる目標達成時期の先送りとなったのは黒田総裁にとって予想外でも、それ以上に予想外だったのは黒田総裁が再任され、副総裁にも前任の岩田規久男氏に続きリフレ派の若田部氏が起用されたことだ。
普通に考えれば一新されるべき日銀の旧体制が、逆に温存・強化されたのは、安倍首相が専門家としての知見や政策委員会のバランスよりも、自分の考え方と合うか否かを優先して今回も人選したからである。その意味で、国債市場における価格形成機能の不全や金融機関の収益悪化など緩和の副作用が顕在化するなかで、なお「金融政策には限界がない」と主張する若田部氏は、緩和の旗を降ろさない黒田総裁の補佐役として適任なのかもしれない。
しかし、理論的に緩和策の追加は可能でも、現実的な効果が乏しいことは過去5年あまりの実績で証明済みだ。それでもリフレ派の主張が日銀内でまかり通るなら、金融危機のマグマはたまっても、日本の金融はいつまでも正常化しないのである。
(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。2018年7月6日号)