拝啓 是枝裕和様
佐高信|2018年8月14日12:05PM
遅まきながら「パルムドール」受賞おめでとうございます。本誌の2006年6月16日号で、あなたが監督した映画『花よりもなほ』について話を聞かせてもらいましたが、私が最初にあなたの名前を知ったのは『しかし…』(あけび書房、現在は『雲は答えなかった』と改題してPHP文庫)の著者としてでした。
ここであなたが取り上げた環境庁企画調整局長の山内豊徳の自殺を、私はのちに『官僚たちの志と死』(講談社文庫)で描いたからです。国と水俣病患者の板挟みになって山内は死を選びました。
そういう官僚に惹かれるあなたに親近感を抱きながら、寡黙なあなたに尋ねた記憶があります。
『花よりもなほ』は貧乏長屋の描写が実に汚くてリアルでした。最近は妙にきれいな時代劇ばかりなので印象に残ったと言ったら、あなたは、
「この映画では徹底的に汚してやろうと思いました」
と答え、私が、
「黒澤映画の汚れには、ある種の嫌悪感みたいな凄みがある。それを狙ったんですか」
と問いを重ねると、
「そうですね」
と受けて、
「岡田准一さん扮する青木宗左衛門が父の仇を追って江戸へ出て来て人情あふれる長屋で暮らすうちにまぁ、生きていくことを選ぶという映画なので、周りの人間たちが、きちんと生きているように見せたいと考え、着物も擦り切れたものにして元の柄や地の色がわからなくなるぐらいにしました」
と続けましたね。
強者に対抗する弱者の手段としての「復讐」で、忠臣蔵を揶揄しつつ出していますが、立川談志の『あなたも落語家になれる』から「四十七士はお呼びでない」を引いているのには共感しました。映画やテレビは繰り返し忠臣蔵の47人をヒーローとして描いてきましたが、250人は逃げているんじゃないか、と談志は指摘しているのですね。
「人間てなァ逃げるものなんです。そしてその方が多いのですョ……」と言いながら、談志は「逃げた側を描くのが落語だ」と書いているとか。
あなたは「こちら側の人々を描きたいなと思った」と告白していますね。
外務省が隠した麻生一族の過去
さて、『万引き家族』です。これを見ながら私は「万引き」をストレートに悪いことと断じていないなと深読みしていました。ニーチェ流に言えば『善悪の彼岸』にということです。盗むこと、あるいは盗んだものの転換とも言えるかもしれません。
唐突に引用しますが、本誌の2009年4月3日号に「外務省が隠した麻生一族の過去」が載っています。筆者は福林徹さんで、当時の首相、麻生太郎のバックである麻生財閥の中核企業の麻生鉱業が戦時中に朝鮮人労働者や連合軍捕虜を使役したという事実を明らかにしました。
麻生はもちろん、日本政府もこれをひた隠しにしてきましたが、長くこの問題を追及してきた福林さんによれば、2006年秋に『ニューヨーク・タイムズ』と『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』が、中国人強制連行や北朝鮮の拉致問題についての日本政府の対応を批判し、後者が「麻生氏の家族は、アジア人と西洋人強制労働者を使った麻生鉱業を所有していた」と書いたら、ニューヨークの日本総領事館がインターネット上のホームページで「証拠も示さず、このような断定的な表現を用いることは全く不当である」と反論しました。
しかし、福林さんがGHQの資料の中に麻生鉱業の報告書を見つけて突きつけたために、前記の反論記事は削除されました。「万引き」は麻生の方なのです。
(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、2018年7月13日号)