年金受け取りを遅らせると得する?
鷲尾香一|2018年8月16日12:00PM
さて、今回は年金の話をしたいと思う。
現在の公的年金の受給開始年齢は原則65歳からとなっている。そして、この受給開始年齢を遅らせると、年金の受給額が増えることもご存じだろう。
政府のPRなどで、よく出てくる例は、受給年齢を5年間遅らせて70歳からの受給にすると、1年間の年金受給額は増加するというものだ。
政府としては、社会保障費の増加と高齢化に対処するため、65歳以降も働ける高齢者は働き、年金の受給年齢を遅らせることで、社会保障費負担の軽減を図ろうという狙いであり、“理にかなったもの”とも言える。
しかし70歳から年金受給額が42%も増額されるのであれば、社会保障費の負担軽減にはならないのでは、という疑問が出てくる。
実は、そこには巧妙なカラクリがある。
まず、70歳まで年金受給年齢を遅らせ、その間、働いていれば、当然のことながら、給与から所得税を支払い、社会保障費も負担することになる。その上、年金の受給が開始した70歳からは、税や社会保障費の負担が増加するのだ。
つまり、年金の受給年齢を70歳に遅らせ、年金受給額が増加することで、所得税や介護保険料などの社会保障費負担が増加することになるのだ。
政府は5年間年金の受給を遅らせて70歳から受給を開始すれば、受取年金額は42%増額されるとPRするが、実際には65歳から年金を受給した場合よりも、税や社会保障費の負担が増えることで、実際の手取りベースでは42%の増額にはならないのだ。
その上、低所得者の場合には、住民税の免除や介護保険料の免除といった優遇措置が設けられている。つまり、年金受給を早い年齢で開始した場合、年金の受取額が少ないために、こうした優遇措置が受けられる可能性が大きい。
一方、頑張って70歳まで働き、年金の受給開始を5年間遅らせても、受給額が増えることで、税や社会保障費負担が増加し、そのメリットが減ってしまうのだ。
もちろん、これはモデルケースの話であり、全員に当てはまるものではない。また、社会的弱者を保護することは当然のこと。
ある生命保険会社が試算したところ、受給開始を5年間遅らせて70歳から年金を受け取った場合、単純に受取額が42%増加したとすれば、65歳から年金の受取を開始した人と年金受取額の総額が同じになるのは、82歳だ。現在の日本人男性の平均寿命は80.98歳だから、平均寿命を上回って長生きをしなければ得をしない。
しかし、受給開始を5年間遅らせて70歳にしたことで、所得が増加し、税や社会保障費負担が増加した場合には、実際の年金の手取りベースが42%の増加にはならないため、65歳から年金受給を開始した人と年金受取額の総額が同額になるのは、90歳近くになると試算されている。
さて、こうした状況が発生することは、政府は当然知っている。しかし、それを知らせることもなく、「年金は受取年齢を遅らせれば、受取額が増加する」という点ばかりを強調してPRしている。
(わしお こういち・経済ジャーナリスト。2018年7月13日号)