現実味を帯びる米中「貿易戦争」
佐々木実|2018年8月23日7:27PM
「貿易戦争」という言葉が現実味を帯びてきた。トランプ政権は7月6日、中国への高関税措置を発動した。中国からの輸入品818品目、340億ドル(約3兆8000億円)相当の輸入に25%の関税を追加した。中国はただちに報復措置を発動、米国からの輸入品である大豆、食肉、自動車など545品目に追加関税をかけた。
これを受けてトランプ政権はさらに、10%の追加関税をかける6031品目、金額にして2000億ドル(約22兆円)相当のリストを公表、中国もふたたび対抗措置をとる構えを見せ、早くも通商摩擦は泥沼化している。
トランプ大統領が前例のない制裁に踏み切った理由は、「知的財産の侵害」。実際、習近平主席の産業政策「中国製造2025」を露骨に牽制する制裁内容となっている。米国は、不正に入手した先端科学技術などの情報を糧に、中国が軍事技術でアメリカに追いつき追い越す事態を恐れている。
そのため、かつての米ソ対立になぞらえる論調もでてきている。マサチューセッツ工科大学のヤーション・ホアン教授は「米中貿易戦争とスプートニクの教訓」(『Newsweek』日本語版・7月17日号)で提案している。
〈アメリカのリーダーたちは、中国の影に怯えるのではなく、科学技術支援を強く訴えていく必要がある。言ってみれば、「中国製造2025」を21世紀の「スプートニク・ショック」と位置付けるべきなのだ。〉
「スプートニク・ショック」は1950年代、ソ連が米国に先んじて人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した“事件”だ。米中貿易戦争に重ね合わせる発想には、経済覇権争いは軍事覇権の争いに直結するという認識がある。
思い起こすべきは第2次世界大戦後、米国が最初に貿易戦争の敵国と認定したのが日本だったという事実だろう。
東西冷戦が終焉を迎える1980年代末から90年代はじめにかけて、米国では「日本脅威論」が盛り上がった。バブル絶頂期の日本を警戒し、「ソ連に代わる仮想敵国は経済大国日本だ」との声があがったほどだ。
日本脅威論を背景に始まったのが日米構造協議である。米国は「貯蓄・投資パターン」「土地利用」「流通、価格メカニズム」「排他的取引慣行」「系列」、要するに、経済構造そのものを改めるよう迫った。
「米国側が重視しているのは、日本国内での投資を上昇させることです。中期的に公的部門での投資を上昇させることなのです」と米国側は率直に要求した。1990年6月に決着した日米構造協議で、日本は91年度からの10年間で430兆円の公共投資実施を約束させられた(その後、金額は630兆円まで膨らむ)。現在の財政問題の淵源である。
冷戦終結で世界が新たなスタート地点に立ったとき、日本はあらかじめ鋳型にはめられるように、米国に進むべき道を方向づけられたのだった。
米国と中国、どちらも譲らない報復合戦は深刻だ。だが、間髪入れず「報復」する中国を見るにつけ、財政主権を放棄してまで米国との「調整」にいそしんだ日本との違いを痛感せざるをえない。
(ささき みのる・ジャーナリスト。2018年7月20日号)