諫早開門「無効」に漁業者怒り
「国の『ゴネ得』許す判決たい」
永尾俊彦|2018年8月29日1:25PM
「国の『ゴネ得』を許す判決たい」 7月30日、佐賀県太良町大浦の漁師、大鋸武浩さん(48歳)は福岡高裁判決を聞いてこう言った。国営諫早湾干拓事業(長崎県)の排水門開門を命じた福岡高裁の確定判決に対し、開門を強制しないよう国が大鋸さんら漁業者51人に求めた訴訟の控訴審判決で、西井和徒裁判長は国の請求を認めなかった佐賀地裁判決を取り消して強制執行を許さず、確定判決を実行しない国に科されていた1日90万円の罰金(間接強制金)の支払い停止も命じた。
福岡高裁は、2010年に諫早湾を閉め切った干拓による漁業被害を認めて開門を命じ、当時の民主党政権が最高裁に上告しなかったため、その判決(古賀寛裁判長)は確定していたが、それを同じ福岡高裁が事実上無効化した。
西井裁判長は、「共同漁業権は漁業法により10年で消滅するから、確定判決の際に漁業者が持っていた漁業権は2013年に消滅しており、その後新たに免許された共同漁業権とは別個で、漁業権の消滅と共に開門請求権も消滅した」という理屈で国の請求を認めた。
大鋸さんは、「我々は縄文時代から漁業をやっている。漁業権は国から与えられたものではない。こんな判決がまかり通れば埋め立てなど国のやりたい放題」と憤った。
漁業権に詳しい熊本一規・明治学院大学名誉教授は、「共同漁業には免許がなされますが、漁業を営んでいる実態の積み重ねにより、それが権利になるので免許の存続期間が過ぎても免許の切り替えをせざるを得ないのです。共同漁業権は、江戸時代の『海の入会の慣習』に由来し、300年以上も漁村部落の漁民集団が持ち続けている権利。それを免許の存続期間を理由に否定するとは、漁業法・漁業権を知らぬにも程がある暴挙です」と批判した。
また、漁業者側弁護団の馬奈木昭雄弁護士は、「司法が自らの権威を自ら否定した裁判。傑作なのは、この判決が正しいなら、我々の求めた間接強制金の支払いを認めた最高裁の判決も間違っていたことになることだ」と述べ、「裁判官の質が劣化している」と指弾した。
長崎県島原市の漁民、篠塚光信さん(59歳)は、「西井裁判長は、国を守る汚れ役たい」と喝破した。
【海でなく干拓を守った国】
10年の確定判決は、5年間の開門を命じ、そのために3年間の準備工事の期間を与えた。
地元農民は、開門すると淡水化されていた農業用水用の調整池に海水が入り、塩害が起こるなどとして強硬に開門に反対、工事を実力阻止する構えだったが、農水省は彼らに着工の日時を教え、農民の妨害を理由に工事をしなかった。
13年、農民側が申し立てていた開門差し止めの仮処分が長崎地裁で認められると、国は「『開門しろ』という確定判決と『開門するな』という判決に挟まれて身動きが取れない」と言い出した。その後、開門差し止めの本訴で、国は開門しないことによる漁業被害を主張せず、17年、「開門するな」との判決が出た。すると国は控訴断念を発表、開門しない方針を明確にした。漁民側弁護団は、「国はわざと負けた」と見る。そして、国は16年から漁民、農民、国の三者で始めていた開門せずに有明海再生のための100億円基金を作ることで和解しようとしたが、漁民側が拒否したため長崎地裁では決裂した。
にもかわらず、福岡高裁の西井裁判長も同じ和解案を提示して再度決裂、この日の判決を迎えた。
この間、農水省は将来基金ができた場合の実務をになう佐賀、福岡、熊本の漁業団体幹部に開門を求める漁民の突き上げをかわす「想定問答」を指南したり、会議に乗り込んで、「基金を受け入れないと補助事業もなくなる」と恫喝していたことが報道された。
8年間をかけ、国が守ったのは有明海ではなく、巨大公共事業だった。
しかし、前出の篠塚さんは、「私たちは諦めません。開門なしに有明海は回復しません」と話した。
漁民側は最高裁に上告する。
(永尾俊彦・ルポライター、2018年8月10日号)