あなたも対象?拡大するDNA捜査
2018年9月3日6:05PM
東京にある私の実家の話。5月の夜、帰宅した71歳の母が、郵便受けに封書を見つけた。「殺人・放火事件の関係で確認したいことがあり、訪問させていただきました」。警視庁の捜査員の名前と携帯電話番号が書いてある。
恐る恐る電話すると、1996年の未解決事件の捜査だという。私は当時、被害女性と同じ大学に通っていた。事件現場から最近検出されたDNA型と照合するため、元学生を片っ端から訪ねているという捜査員。どこで調べたのか、「息子さんは沖縄ですよね。遠いので、お母さんからDNAを採取させてください」と依頼した。
母はその晩、動揺で料理も手に付かなかったという。翌朝、電話で断ると、捜査員は「息子さんが(リストから)消せなくなる」となおも揺さぶった。
警察庁は2005年、被疑者のDNA型データベースを立ち上げ、「積極活用」をうたっている。当初の登録は約2100件。警察庁によると、17年末には104万4749件と、12年間で500倍近くに膨れ上がっている。
母や私が採取に応じたら、DNA型は今後に備えて登録されるのだろうか。私も捜査員に電話をかけて尋ねてみた。捜査員は「被疑者ではなく参考人なので登録しない」と即答する。では書面で明示を、と求めると「それはできない」。
DNAは体の特徴や病気に関する遺伝情報を含み、「究極の個人情報」と言われる。それを被害者とのつながりをたどって数千人から採取したという。警察庁は「鑑定に使うのは遺伝情報を除いた部分」と説明しているが、それでも対象者があまりに膨大で、その親まで巻き込む割に、利用の歯止めがない。「事件解決を願う気持ちは同じでも、これでは協力できない」と、私は採取を断った。
捜査員は「皆さん協力してくれる。断るのは100人に1人」と言った。「やましい点がなければ協力できるはずだ」という言外の圧力がある。同級生に聞くと、やはりしぶしぶ採取に応じたという。「相手は権力だから。だけど、後出しばかりでやり方がおかしい」と怒っていた。
口の中に器具を入れ、両頬の内側の粘膜をこすり取る。終わりかと思うと次は署名を、その次は拇印を、と要求が増えていく。「DNAをどう使って、どう管理するのか分からない。削除してもらうこともできない」と不安を語った。
こうして採取したDNAは実際のところ、どうなるのだろう。北海道警の元釧路方面本部長で、『警察捜査の正体』などの著書がある原田宏二さんは「私が現職なら登録する。データベースは蓄積こそ力だ」と語る。
同じようにデータベース化している写真や指紋の採取は、刑事訴訟法に根拠がある。しかし、DNA捜査は内規があるだけで、外部のチェックが及ばない。原田さんは「誰が見てもおかしい。だが、警察はできるだけグレーゾーンで仕事をしたがる」と指摘する。データベース登録件数も、『警察白書』では公開されなくなった。
日本弁護士連合会(日弁連)はDNAの採取や登録、抹消の手続きを法律で定めるよう求めている。DNA鑑定自体は犯罪解決の有効な手段だが、警察による無制限な個人情報収集は許されない。歯止めをかけるのは国会の役割である。
(あべ たかし・『沖縄タイムス』記者。2018年7月27日号)