関東大震災での朝鮮人大虐殺犠牲者遺族が初来日
西中誠一郎|2018年10月1日1:20PM
関東大震災で数千人の朝鮮人が虐殺され95年が経過した。今回初めて韓国から2人の遺族が来日し、各地の追悼行事に参加した。
在日2世の記録映画監督呉充功さん(62歳)が韓国の遺族を5年間探し、昨年8月に釜山で「関東大震災朝鮮人大虐殺犠牲者遺族会」(7家族13人)が発足した。
遺族のひとり権在益さん(61歳)の祖父南成奎さんは、植民地下の慶尚北道から1923年7月に30歳で渡日。群馬県内の砂利採取場で働き始めたが、震災直後の9月5日に、朝鮮人17人が保護されていた藤岡警察署で自警団など約2000人の襲撃で殺害された。権さんがこの事実を知ったのは3年前だった。また、曺光煥さん(58歳)の祖父の兄曺権承さんは21年に慶尚南道から18歳で渡日。震災後、東京での朝鮮人虐殺を逃れて帰郷した人から、息子が日本で殺害されたことを権承さんの父親が聞き、52年に韓国政府に申告したという。2人とも郷里に妻子を残しての非業の死だった。
遺族2人は8日、東京都墨田区八広の荒川河川敷で行なわれた関東大震災95周年韓国・朝鮮人犠牲者追悼式に参加。集まった約300人の前で曺さんは「祖父の兄は竹槍で殺されたそうです。残された家族は大変苦労した。韓国での取り組みはこれから。韓日市民が力を合わせて両政府に真相究明を求めたい」と挨拶。中国人犠牲者遺族も参加し、2人と抱擁した。
9日には群馬県藤岡市の成道寺で犠牲者の法要と韓国式の祭祀が行なわれた。寺は藤岡警察署跡地と隣接し、殺された17人の遺骨が埋葬されている。ここで祖父が殺された権さんは「祖母も母も亡くなった。昨晩は祖父が殺された時のことを想像し、寝ることができなかった」と語り、祖母の墓の土を墓碑の周りにそっと撒いた。
記録映画は遺族会との二人三脚で、来年の「三一独立運動」100周年に向けて完成を目指す。
(西中誠一郎・ジャーナリスト、2018年9月21日号)