TBS「警察24時」映像出さず訴訟は和解
鹿児島県警制圧死事件
宮下正昭|2018年10月30日12:14PM
鹿児島市の繁華街で酔っ払った会社員男性(当時42歳)を警察官らが取り押さえて死亡させた事件は、制圧の一部始終をTBS「警察24時」の番組スタッフらが撮影していて注目されていた。その民事訴訟が11日、鹿児島地裁で和解し、鹿児島県側が2500万円余りを支払うことで終結した。ただ、記者会見で遺族側は「唯一の客観的証拠である映像は証拠採用されず、真実は闇に葬り去られた」と憤慨した。
事件が起こったのは2013年11月。TBSの委託を受けた東京の制作会社が鹿児島市の交番に勤務する警察官らを撮影している最中のことだった。男性がけんかをしているという通報を受けて駆け付けた警察官らが男性を押さえ付け、窒息死させる。その様子を撮影していた映像は県警が押収する。しかし、当時は撮影の事実も、押収も公にされなかった。TBSはほおかむりしていた。
その後、遺族の告訴を受けた鹿児島地検の検事が映像の存在を遺族に明らかにする。男性が「死ぬ」「助けて」などと叫ぶ、生々しい制圧の様子が映し出されていた。テレビ局の名前は伏せたままだった。県警は、男性の体を膝で圧迫し続けた2人の警察官を業務上過失致死の疑いで書類送検。2人は裁判でそれぞれ罰金30万円の有罪判決を受ける。遺族側は検察に映像の証拠提出を求めていたが、かなわなかった。
「真相の解明には裁判所に映像を観てもらうしかない」。遺族は県を相手に民事訴訟を起こす。地裁は映像の証拠採用を決めた。が、映像を所管する検察側が抵抗し、高裁、最高裁は「報道の自由を侵す恐れがある」として採用を認めなかった。ただ、遺族が地検で映像を見せてもらった際、こっそり録音していた音源を地裁は証拠採用し、県警の過失を一部認定、和解勧告したのだった。
【動かなかったマスコミ】
この間、新聞各紙は最高裁が映像の証拠採用を否定した段階でそれなりに報じた。しかし、どこのテレビ局が撮影したのか、制圧の当事者である警察の押収にどうして応じたのか、貴重な映像をどうして放送しないのかという観点からは報じられなかった。雑誌『世界』(2017年10月号)が識者らの座談会で「報道の『沈黙』が社会を壊す」と警鐘を鳴らしてもマスコミは動かなかった。
今年になって本誌(6月29日号)と『毎日新聞』(7月5日付)がTBSの名前を明らかにして、ようよう他社も動き、TBSは撮影の事実を認めた。ただ「映像の所有権、著作権とも制作会社にあり、押収に抗議しなかった」と表明。放送しなかったことには「警察の違法行為が解明されなかったら報道機関として看過できないが、今回は警察官2人が有罪となった」と釈明した。
記者会見で制圧死させられた男性の父親(81歳)=千葉県在住=は、「映像だと息子がどういう形で押さえ込まれたかはっきり分かるのだが」と悔しがった。弁護団は「テレビ局は国民の知る権利に奉仕するのが職務であるのに、捜査・訴追機関は事実を明らかにするのが責務であるのに、いずれも映像が公に使用されることを明らかに望まなかったし、公にしなかった」と批判した。
警察官による制圧死は全国でまま起こっているが、刑事事件として罪が、民事で責任が認められる例は少ない。今回はその両方で県警の過失が認められた。その意味は大きい。制圧側の警察官以外の目撃者情報を警察が集めきれない現実があるなか、「今回はたまたま映像があった」と弁護団。もし告訴を受けた検事が映像の存在を明らかにしなかったら、どうなっていただろう。そのときはTBS自ら撮影を公にする覚悟があっただろうか。
そもそも、今回の制圧で死に至らしめたのは、警察官らがテレビの撮影に気負ってしまったからではないか。そう思った弁護士は民事訴訟で尋問したが、男性を大外刈りであお向けに倒した警察官は「撮影されていることは頭になかった」と否定した。
(宮下正昭・鹿児島大学准教授、2018年10月19日号)