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安倍政権「全世代型」社会保障を経産省が主導
財務省との対立も
2018年11月1日12:19PM
「内閣最大のチャレンジだ」
安倍晋三首相はこう宣言して、「全世代型社会保障への改革」を打ち出した。ただし、主導するのは経済成長重視の首相に寄り添う経済産業省だ。社会保障を所管する厚生労働省の影は薄い。「全世代型」には「1億総活躍」などと同じく、スローガン先行のにおいも漂う。与党内ですら「来夏の参院選を見据えた打ち上げ花火」との冷ややかな見方が出ている。
第4次改造内閣の発足を受け、5日に再始動した政府の「未来投資会議」。議長の安倍首相は「生涯現役社会の実現に向けて、(略)65歳以上への継続雇用年齢の引上げに向けた検討を開始」すると述べた。希望する従業員に関しては、65歳まで雇うことを企業に義務づけた制度の年齢上限延長を意図している。
日本の社会保障は負担が現役に偏りがちとされる。首相は残り任期の3年で、働ける高齢者には支える側に回ってもらう「全世代型」へと転換する意向だ。
社会保障改革とくれば、国民に痛みを強いるのが通例。ただ、2019年は統一地方選と参院選が控える。そこで選挙が終わる来夏までは継続雇用年齢や「健康寿命」の延伸という、ソフト路線にとどめる。「75歳以上の病院での窓口負担割合(原則1割)を2割にアップ」「かかりつけ医以外を受診した患者は追加の負担を」といった財務省が唱える負担増の議論は、来夏以降に先送りする。
労働力人口が増えて国の負担が減り、経済成長に結びつく――。ソフト路線の根底には、成長重視の考えがある。「全世代型」の担当は茂木敏充経済再生相。絵を描くのは首相のブレーンと化した経済産業省で、世耕弘成経産相は周囲に「厚労省任せにはしない」と語っている。根本匠厚労相は「実態は厚労省が担う」と強調するものの、現時点では脇役だ。
【経産・財務対立、厚労省は】
「産業保護政策は時代遅れ。役所としての役割を終えつつあったのに、安倍政権で調子づいている」
畑違いの財政や社会保障に介入してくる経産省に、財務省幹部は苦い顔。経産省の「予防医療で健康な高齢者が増えると国民に負担を求めずに済む」との主張には、真っ向から反論している。9日の財務相の諮問機関、財政制度等審議会の分科会では、「予防医療はかえって医療費を増加させる」との専門家の分析資料を配付し、反論ののろしを上げた。
両省が火花を散らすなか、厚労省は雇用や社会保障を受け持っているのに存在感を示せずにいる。年金記録漏れ問題を機に第1次政権退陣に追い込まれた首相は、今なお同省への不信を口にする。塩崎恭久、加藤勝信、根本各氏とこの3代の厚労相はいずれも首相の盟友か側近だ。厚労省幹部は「首相が厚労省を警戒し、グリップしようとしている証左」と言う。
その厚労省と財務省の思惑が一致するのが、19年10月に消費税率を10%へ引き上げた後の追加増税に道筋をつけること。政府推計によると、40年には65歳以上人口がピークの3921万人(全体の35%)に達し、必要な社会保障給付費はいまの約1・6倍、190兆円に膨らむ。首相は15日の臨時閣議で「税率10%」は予定通り実施すると表明した。それでも、その後のさらなる税率アップはまったく入っていない。
実現へのハードルが低いとして、選挙前に議論を始めることにした継続雇用年齢の引き上げも、一律の延長には経済界が強く警戒している。一時的に若年層の雇用を奪うことへの対策も急務となる。来夏以降の医療費の負担増などには高齢者の反発が予想され、一筋縄ではいきそうにない。
「一億総活躍」「働き方改革」「人づくり革命」と安倍政権は次々目玉政策を打ち出してきた。とはいえ、やりっ放しの政策も多く、「選挙用の看板」との批判も絶えない。
「アベノミクスで大事なのは『やってる感』。成功、不成功は関係ない」
この首相が周辺に漏らした言葉は、直接聞いた御厨貴・東京大学名誉教授による暴露で徐々に知られ始めた。「全世代型」も早晩、メッキがはがれるかもしれない。
(吉田啓志・『毎日新聞』編集委員、2018年10月19日号)