消費税率引き上げの再延期があるわけ
高橋伸彰|2018年11月21日6:38PM
8月3日に公表された今年度の『経済財政白書』(以下、白書)は、景気の現状について「所得の増加が消費や投資の拡大につながるという『経済の好循環』が着実に回りつつある」と述べる。「つつある」はわかりにくい表現だが、要するに所得増から消費拡大への好循環は「回っている」のではなく、いまだに「回っていない」と言っているのだ。
ストレートに「回っていない」と表現しなかったのは安倍晋三首相への忖度に他ならない。実際、報道(8月28日付『産経新聞』Web記事)によれば、自民党総裁選で3選を目指す安倍首相の陣営が作成した党員向け政策ビラでは、経済再生やデフレ脱却などの実績が強調されているという。
しかし白書を丁寧に読めば、政策ビラが強調するほど実績が出ていないことは明らかだ。白書の本文から修辞を削り、結論だけを抜き出せば賃金上昇は「労働需給のひっ迫に比べると緩やかで」あり、「個人消費も(中略)力強さに欠け」、2年程度で脱却と公言していたデフレも「安定的な物価上昇が見込まれるところまでには至っていない」。
企業収益は過去最高を更新し、1億円以上の報酬を得る大企業役員は大幅に増えても、回復の成果は第2次安倍政権誕生から5年8カ月を経ても津々浦々には行き届いていないのである。
政府の『月例経済報告』をみても、総括判断はこの1月以降「緩やかに回復している」と据え置かれているが、個別判断をみれば8月の同報告では輸出が2015年8月以来3年ぶりに「足踏みがみられる」と下方修正された。また、好循環の要となる個人消費の記述についても、この1月から5月までは消費者マインドは「持ち直している」だったが、6月に「持ち直しに足踏みがみられる」と修正され、8月には「このところ弱含んでいる」とさらに表現が後退している。
それでも安倍首相の強気の姿勢を支持する(せざるを得ない?)政府・内閣府は、2018年度の実質GDP(国内総生産)成長率に関する年央試算で、民間調査機関20社の平均1.1%(第一生命経済研究所調べ)よりも0.4%高い実質1.5%程度の成長を見込む。参考試算の2019年度に至っては同1.5%と民間の平均0.8%に比し倍近くも高い成長を見通す。
だが、官邸に顔を向けた官庁エコノミストがいくらアベノミクスの成果を取り繕っても、実績として現れる経済統計までは改竄できない。重要な情報を隠したり、公表された統計を都合良く解釈したりすることは可能でも、統計自体を意図的に操作するのは「安倍一強」の下でも禁忌である。
そこで筆者が懸念するのは過大な政府見通しの実現を口実に、来年10月に予定されている消費税率の引き上げを再延期し、統一地方選挙や参議院選挙を有利に闘おうとする自民党の党利党略が総裁選後に急浮上してくる恐れである。
野村證券の予測(『財界観測』2018年8月17日)によれば、消費増税が再延期されても2019年度の成長率は0.7%に止まる。有権者は選挙目当ての甘言に騙されてはならない。1%の彼らとは違い、99%の私たちの生活はアベノミクスによってぎりぎりのところまで追い込まれているのだから。
(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。2018年9月7日号)