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「彫師は正当な職業」

阿部岳|2018年12月30日7:12PM

逆転満塁ホームランのような判決だった。

大阪高裁は11月14日、タトゥーの彫師TAIKIさん(30歳)に無罪を言い渡した。タトゥーを彫るのは医療行為で、医師免許がないから医師法違反だとして2015年、大阪府警に摘発されていた。

罰金を払って終わることもできた。だが、高校生の時に偶然出合って以来、一筋に打ち込んできた彫師の仕事が犯罪行為だと認めることはできなかった。正式裁判で争う決心をした。

意に反して、昨年の一審大阪地裁判決は有罪だった。タトゥーには衛生面のリスクがある、だから彫りたかったら医者になれという飛躍した論理。入れ墨は暴力団員のもの、彫れなくなろうが彫師が路頭に迷おうが知ったことではない、という社会の偏見が裁判にも影を落としていたかもしれない。

私自身も、特に昔ながらの和彫は少し怖い。しかし、それを振りかざして人を威圧するのでなければ、入れる人の自己決定権を尊重する。江戸時代から続く日本の伝統文化でもあり、最近はファッションとして欧米風のタトゥーを隠さないタレントも増えた。

二審判決はタトゥーのその文化的な側面に向き合った。「美術的な意義」を評価し、彫師は「反社会的職業ではなく、正当な職業活動」「憲法上、職業選択の自由の保障を受ける」と言い切った。衛生面のリスクには業界の自主規制や、医師より簡単な資格制度で対応すれば十分だと判断した。

無罪が言い渡された瞬間、傍聴席の彫師仲間は歓声を上げ、泣いて抱き合う人もいた。判決が読み上げられるにつれ、弁護団は顔を見合わせ、「すごい」「完璧だ」とささやき合った。

TAIKIさんは語る。「判決でタトゥーが嫌いな人を好きに変えることはできない。ただ、人それぞれ表現の方法があり、自分にとってはそれがタトゥーだったことを知ってほしい。何でもそうだけど、簡単に否定しないで理解し合える社会にしたい」

主任弁護人の亀石倫子さん(44歳)はかつて、音楽を楽しむ場であるクラブが無許可で客にダンスをさせたとして風営法違反に問われた事件で、経営者の無罪を勝ち取った。警察が被疑者の車などに令状なしでGPS端末を付けて追跡していた事件では、捜査は違法との最高裁判決を引き出した。

亀石さんは「どの事件でも、奪われようとしていたのはささやかでかけがえのない自由。入れ墨だから、酔っ払って騒ぐ連中だから、犯罪者だから、という差別との闘いだった」と振り返る。

GPS捜査事件の最高裁大法廷での弁論で、亀石さんら弁護団はナチスと闘ったドイツの牧師、マルティン・ニーメラーの有名な言葉を引いた。「最初に彼らが共産主義者を弾圧した時、私は抗議の声を上げなかった。私は共産主義者ではなかったから」。組合員、ユダヤ人の弾圧も見過ごした。「そして彼らが私の目の前に来た時、私のために抗議の声を上げる者は誰一人として残っていなかった」。

権力の攻撃は常に周縁を標的に始まり、徐々に中心へと迫る。きっと今の日本でも、「自分は大丈夫」と攻撃に加担したり、傍観者の席にしがみついたりする人が大半だろう。だが、何が大丈夫なのかは、権力が一方的に決める。基準はいつでも簡単に変わる。

(あべ たかし・『沖縄タイムス』記者。2018年11月23日号)

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