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IWC脱退は外交の失敗か
商業捕鯨再開、これだけの不安要素
井田徹治|2019年1月24日12:06PM
日本政府が国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を2018年12月26日に通告した。今年7月から約30年ぶりに商業捕鯨を再開する。「IWCが当初の設立目的と異なり、保護一辺倒の組織になった」などというのが脱退の理由だ。だが、商業捕鯨の将来は不透明な上、国際機関からの脱退という異例の行動は、国際社会から、協調軽視だとの批判を浴びることは確実で、拙速と言うほかない決定だ。
IWCは1982年に商業捕鯨の一時停止を決定。日本はこの決定への異議申し立てを撤回して88年に商業捕鯨をやめ、再開に向けて科学的データを収集するため南極海や北西太平洋で調査捕鯨を続けてきた。日本にとっての最大の目標は「商業捕鯨の全面再開」で、さまざまな形で商業捕鯨再開を提案したが認められずにきた。IWCに残ったままでは再開は絶望的だというのが政府の主張だ。
脱退が日本の捕鯨にもたらす変化は大きい。南極海や北西太平洋での調査捕鯨は脱退によってできなくなるので、政府は南半球での捕鯨を断念、日本の領海と排他的経済水域(EEZ)でのみ商業捕鯨を行なうとした。対象はミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラの3種となる。
だが、日本の商業捕鯨の先行きはきわめて不透明だ。現行の調査捕鯨では、ミンククジラなど年間計約640頭を捕獲し、副産物として鯨肉を市場で販売してきた。水産庁は「対象種が3種になるし、鯨肉の供給が大幅に減ることにはならない」としているが、これははなはだ怪しい。
北のミンククジラは南のミンククジラに比べて小さく、資源量も少ない。政府は「IWCで採択された方式で算出される捕獲枠の範囲内で行う」としており枠は限定的なものとなる。
イワシクジラは体が大きいが、日本のEEZ内の数は必ずしも多くないと言われている。ニタリクジラも体は大きいが、その肉の評判は芳しくなく、過去に大量に売れ残ったことがある。
「商業捕鯨の再開で安い鯨肉が大量に食べられるようになる」と考えるのは早計だし、1人当たりの年間消費量が40グラム前後と消費が低迷する中で、鯨肉人気が急に盛り上がるとも思えない。
商業捕鯨の採算性は怪しく、さまざまな理由による国の補助金、つまりは税金によって支えられる形が続くというのが、当面の姿だろう。
【外交的失敗を「脱退」で糊塗?】
そもそも、南極海などでの調査捕鯨を断念する代わりに、EEZや領海内でIWCの管理方式に則って商業捕鯨を行なうというのは、反捕鯨国と捕鯨国の対立で膠着状態が長く続くIWCの中で、唯一と言える妥協策として長く議論されてきたもので、脱退しなくともIWCの中での合意を得ることは不可能ではなかった。
この問題に詳しい早稲田大学の真田康弘・客員准教授は「IWC内部にいても得られた可能性があることを、脱退で実現したというのは外交の失敗。南極海の捕鯨から撤退し、活動を大幅に縮小するという外交的敗北を『IWCからの堂々退場』というナショナリズム的レトリックで糊塗するものだ」と指摘する。筆者も同意見だ。
IWCからの脱退を1933年の国際連盟からの脱退に引き寄せて語る向きがあるが、今回の行動は、ガダルカナル島の戦闘で大敗し、余儀なくされた撤退を「転進」と呼んだ旧日本軍の発表を思い起こさせる。
外務省内などにあった脱退反対論を押し切ったのは捕鯨が盛んだった山口県が地盤の林芳正前文部科学相や安倍晋三首相、古式捕鯨発祥の地とされる和歌山県選出の二階俊博・自民党幹事長ら一部の政治家だったとされる。
日本の国際社会での立ち位置や国際的な評判、今後の漁業交渉などでの日本の影響力などにもかかわる重大な決定が、このように不透明かつ非民主的な形で、いとも簡単に行なわれてしまうことをみても、今の時代が1930年代に似通ってきていることを感じずにはいられない。
(井田徹治・共同通信社編集委員、2019年1月11日号)