外患を煽る安倍首相の「年頭所感」
西川伸一|2019年2月21日9:54PM
「国会を閉じておけば、支持率は上がるもんだ」(2017年9月16日付『朝日新聞』)
自民党の重鎮が安倍晋三首相の胸中を推し量ったこの言葉を、私は忘れられない。17年6月22日に、野党は憲法53条に基づいて臨時国会の召集を要求していた。いわゆる加計学園問題などの追及を深めるためである。
ところが、安倍政権はこれを3カ月以上も放置し続け、9月28日にやっと国会を開いた。15年には野党の同じ求めを突っぱねて、結局この年は通常国会しか開催されなかった。昨年も7月22日に通常国会が閉じられた後、臨時国会はようやく10月24日になって召集された。
今年の通常国会召集日は1月28日となる見通しだ(1月8日付『朝日新聞』)。その前に首相はロシアを訪問しプーチン大統領と首脳会談を行ない、さらにスイスに飛んで世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席する。これら日程を考慮したためである。
外交を内政より優先させるのは首相の十八番だ。昨年11月に国会へ提出された改正入管法も、首相の外遊を第一に審議日程が組まれた。法案が付託された法務委員会は、衆参ともに委員長が職権で定例日を無視して頻繁に開催された。
その問題点は、前号の「政治時評」で西谷玲氏が指摘したとおりである。あまりの強引さに内閣支持率は下がった。NHKが毎月行なう世論調査では、12月の支持率は11月より5ポイント下落して41%となった。
そこに天祐というべきか、12月20日に韓国海軍が自衛隊機にレーダーを照射したとされる問題が起こった。12月28日に『時事通信』は、防衛省が方針を変更して事件の映像を公開したのは、首相の「鶴の一声」によると伝える記事を配信した。
それまで、韓国の一層の反発を懸念して、防衛省幹部も岩屋毅防衛相も公開に消極的だった。加えて、首相は1月6日放送のNHKの番組でも「吠えた」。韓国最高裁の昨年10月の判決に基づき、元徴用工の原告代理人が、賠償を命じられた新日鉄住金の韓国内の資産差し押さえを申請した件について、「極めて遺憾だ」「毅然とした対応を取る」とうれしそうに(私にはそう見えた)語ったのである。支持率が上がるのは容易に想像がつく。同日6日には、前日に中国の公船4隻が領海に一時侵入したと報じられた。
内憂外患という。しかし、外患を煽って内憂から国民の目をそらせるのは権力者の古典的な統治手法である。国難に立ち向かえるのは自分しかいないと国民をうっとりさせるのだ。
ちなみに、そのNHKの番組で首相は、沖縄県の名護市辺野古埋め立てをめぐって、「土砂投入に当たって、あそこのサンゴは移植している」と述べた。実際には、土砂投入が強行された海域ではサンゴの移植は行なわれていない。事実に反する発言であり、まさに印象操作だ。しかも専門家によれば、移植ではサンゴはわずかしか生き残らず環境保全につながらないという(1月8日付『琉球新報』)。
こんな内憂には外患を強調することで煙幕を張る一方、日ロ首脳会談で領土問題に関してなんらかの成果を得る。それを手土産に、「国会を閉じて」いたうちに上がった支持率を背景に通常国会に余裕をもって臨みたい。これが首相の「年頭所感」なのだろう。
(にしかわ しんいち・明治大学教授。2019年1月18日号)