井上明久・元東北大学総長の論文撤回
強まる「研究不正」疑惑
三宅勝久|2019年4月22日4:34PM
東北大学元総長井上明久氏(現・城西国際大学教授)による「金属ガラス」研究の論文に不正の疑いが指摘されている問題で、日本金属学会欧文誌編集委員会(委員長・堀田善次九州大学教授)は3月25日、1997~2000年にかけて井上氏が発表した論文3本を、内容に「科学的に不適切な過失」があるとして同氏の同意を得て「撤回」した。悪意のある不正とまでは指摘していないが、4本の実験論文に酷似した写真を使うなど、少なくとも常識ではありえない重過失であることは否定しようがなく、井上氏の研究不正疑惑は限りなくクロになった。
金属ガラスとは、一定の成分の金属を、溶融したのちに急冷することで分子配列を不規則にした特殊な合金。比較的安価な材料を使う方法ではごく薄いものしかできなかったが、井上氏は直径16~30ミリという従来と比較してきわめて大型の合金の鋳造に成功したとする研究成果を、93~96年ごろにかけて発表。硬くて特殊な磁性を持つ金属材料だとして注目を浴びた。しかし、別の研究者がやってみても再現できないなど疑問があり、現在では省みられていない。
撤回した論文は以下のとおり。
・97年論文 ジルコニウムを主成分とした金属ガラス棒の鋳造に成功。両端を引っ張って破断させる強度測定を行なったところ、強度があることが確認できた――という実験報告。掲載した写真は、前年(96年)発表したまったく組成の異なる合金のものと同じ。
・99年論文 ジルコニウムを主成分とした金属ガラス棒の鋳造に成功。一定の条件で過熱した後に電子顕微鏡で観察したところ、準結晶とよばれる特殊な結晶が確認できた――とする実験報告。「金属ガラス」の写真は96年発表の論文のものを切り貼りして加工したものだった。
・2000年論文 金属ガラスを一定条件で加熱したら「準結晶」という特殊な結晶が出現した――とする実験報告。電子顕微鏡写真は、99~01年に発表した3本の論文のものと同じ。写真は同じだが記述内容は異なっていた。これらの論文3本のうち2本は11年と17年に撤回ずみ。
【井上氏は取材に対し「研究自体に過誤はない」】
井上氏の研究をめぐっては、東北大学総長になった翌年の07年に「研究不正」だとする内部告発があり、以後多数の論文や実験報告に写真やデータの使いまわしや架空実験の疑いが指摘されてきた。だが東北大学の調査委員会は、単純なミスにすぎないなどとしてことごとく「不正」を否定してきた。
これに対して、大学の自浄作用の欠如を懸念する声があがり、井上教授の指導教官である増本健・東北大学名誉教授ら日本金属学会の会長や理事を歴任した6人が連名で学会に調査を求めて告発。今回の撤回につながった。
99年論文は日本金属学会論文賞を受賞している。賞取り消しの可能性について同学会は「現在のところわからない」と話している。
また、撤回された3本の論文は、いずれも公費を使った研究だった。97年論文の研究は文部科学省の研究費で行なわれ、99年と00年論文には、科学技術振興機構(JST)の18億円ともいわれる研究費が使われている。公的研究費の扱いも問題になりそうだ。
東北大学は「特にお答えすることはない」と回答、井上教授は連絡役の大室俊三弁護士を通じて「(97・99年論文は)試料作製の研究担当者が試料概観写真の取り違いミスをした。早い時期に気づくか指摘を受けていれば訂正で対応できた。結論には影響しない。(00年論文は)別論文の第二出版物と認定されていたが、同論文が引用不十分を理由に撤回措置されたので自主回収した。集約的論文であり研究成果は(さらに別の)原著論文で公表されている。研究自体に何らの過誤はない以上、公的資金の返還を要するとは思っていない」と回答した。
告発を行なってきた一人である大村泉・東北大学名誉教授は「不正が疑われる論文はまだまだある。今回の論文取り消しは真相究明の第一歩です」と話している。
(三宅勝久・ジャーナリスト、2019年4月5日号)