豊かさの源泉は消費
ではなく労働
高橋伸彰|2019年4月28日7:00PM
経済の世界における主権は誰にあるのか。
主流派の経済学者なら迷うことなく消費者に在ると答えるだろう。自由化や規制緩和による競争促進は1円でも安く消費者に商品を提供するためであり、人手不足も顧みずにフランチャイズ店に24時間営業を強いるのも消費者にとって便利だからである。生産や販売に従事する労働者の精神的豊かさよりも、商品を需要する消費者の経済的利益を優先すべきというのが消費者主権の発想である。
これに対し、労働経済学者の石川経夫は「労働生活自体の満足」(『分配の経済学』)にこそ豊かさのカギがあるという。仕事を通して「自分の持っている能力を最大限(中略)発揮できるような社会であるかどうかが重要」であり、「経済的な成果である所得や富、そして消費はたんにそのために必要な物的手段にすぎ」ないというのだ。
自分の仕事に誇りと責任を持てるようになることが、人間相互の信頼を築き他人の立場で考えられる幅広い心を醸成する。そうなれば「才能などの面で幸運に恵まれた人は、不運な人と持てるものを分け合い、不運な人も幸運な人との共同と連帯を感ずるようになる」と説く。
豊かさの源泉を消費ではなく労働に見いだす石川の発想は、消費者主権が蔓延る現代においては新鮮で画期的だ。石川は「私たちの最大の関心が、自分の支払う1円1円に、ほんとうにそれだけの価値があるのかということに向けられるとしたならば、なんともお寒いことではないでしょうか」と述べ、価格だけに固執する消費者の行動に警鐘を鳴らす。