トランプ米大統領は現代に甦った重商主義
高橋伸彰|2019年7月14日4:10PM
スミスは精神的なゆたかさを説くだけの道徳哲学では、時の権力を濫用して人びとの自由な経済機会を奪う重商主義を打ち破ることはむずかしいと悟ったからこそ、私的な利益追求を人間の自然な欲求とみなす経済学を創出し、当時の重商主義に対抗したのではないか。
その意味で『国富論』の「見えざる手」は、『道徳感情論』の同感とは異なり、資本主義の暴走を容認する思想を最初から胚胎していたと言える。これに対し、「アメリカ第一」を掲げ、中国をはじめ対米貿易黒字国からの輸出品に次々と高率の関税を課すと同時に、日本などの友好国には半ば強制的(?)に戦闘機や農産物を売り込み貿易収支の改善を図ろうとするトランプ米大統領の登場は、現代に甦った重商主義にほかならない。
かつてスミスが自由の地として希望を託したアメリカが、いまや反自由の地と化しているのは歴史の皮肉だが、スミスが国富として結晶すると期待した自由放任が、逆にグローバルな独占企業を生み自由な市場競争を阻んでいるという歴史の事実も見落としてはならないのである。
(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。2019年6月7日号)