製薬業界が根治薬求め開発競争
認知症克服への遠い道のり
吉田啓志|2019年10月29日2:17PM
【海外では続々開発中止の例も】
世界中で5000万人とされる認知症の人は、30年後に1億3000万人を超すと推計されている。エーザイは1997年にADの進行を遅らせる「アリセプト」を発売し、ピーク時の10年3月期には全世界で約3200億円を売り上げた。アリセプトを始めとする日本の認可済みの認知症薬4種は、いずれも根治薬ではない。根治薬開発に成功すれば収益はアリセプトの比ではなく、米国の製薬業団体によると、00年以降、33社が6000億ドルを超す研究開発費を投じてきたという。
13年、英国であったG8認知症サミットで、各国関係閣僚は「25年までに根本的な治療法を見いだす」との共同宣言を出した。それでもここ数年、メガ・ファーマによる認知症薬の開発中止が止まらない。昨年2月には米メルク、同6月には米イーライ・リリー、英アストラゼネカが治験を中止、今年もスイスのロシュが2月、最終段階で製品化を断念した。
ADは「アミロイドβ(Aβ)」や「タウ」と呼ばれるタンパク質が脳に蓄積し、神経細胞を変異させて発症するという説が有力だ。Aβを標的としてきた多くの製薬企業の失敗に対しては、「投与の時期が遅い」との見方がある。Aβは15~20年かけて脳に溜まり、神経細胞を変異させていく。神経が傷んだ後でAβを除去しても時すでに遅し、という指摘だ。
「リスクテイクしなければ薬屋である資格はない」。そう語る内藤氏率いるエーザイは、Aβが脳に溜まる前段階の物質への働きかけを狙う、残るもう一つの根治薬候補「BAN2401」の成功に賭けている。昨年発表した2相段階の治験結果では、投与された人はAβの蓄積が抑えられ、認知機能も投与しない人より悪化が進んでいなかった。他社も今後Aβが溜まるリスクの高い「AD予備軍」に照準を合わせてきている。
ただ、近い将来根治薬が発売される可能性について、業界関係者は「相当低い」と漏らす。東京都内の認知症専門医は「当面Aβ研究で画期的な成果が出る見通しは低い。精神医療界では医師の関心が認知症から発達障がいなどに移っている」と話す。
米アルツハイマー病協会によると、30年後に発症を5年遅らせることができれば患者は4割減となり、費用も約40兆円抑えられるという。日本政府も巨額のコストを警戒し、6月に決定した認知症施策推進大綱では、認知症の人との「共生」という従来路線に加え、運動や社会参加などによる「予防」を前面に打ち出した。しかし、予防の過度の強調は認知症の人を追い詰め、排除する方向に行きかねない。
(吉田啓志・『毎日新聞』編集委員、2019年10月11日号)