環境危機こそ資本主義に代わるシステムへの転機
高橋伸彰|2019年12月29日6:11PM
だが一方で、達成を危ぶむ声も多い。アメリカのトランプ大統領が協定からの離脱を表明したり、協定国間でも2020年以降の削減実施を控え目標の設定や達成法をめぐって対立が生じているからだ。
しかし温暖化を止めなければ、日本だけではなく世界中で大雨・高温などの異常気象や海水面の上昇で住宅や財産が奪われ、行き場を失う温暖化「難民」が続出するのは必至である。1%の富裕層なら災害とは無縁の安全な高台に転居できるが、99%の私たちが安心して生きていくためには温暖化を止める以外に道はない。
その意味で、16歳の活動家・グレタ・トゥーンベリさんの国連温暖化対策サミットにおける演説は正鵠を射ていた。
それでは、どうすればよいのか。今年に入り彗星の如く現れた経済思想家・斎藤幸平氏は「資本主義は利潤を追求するシステムであり、地球環境がどうなろうが、気にしません。(中略)だとすれば(中略)資本主義そのものを変革しなくてはいけない」(斎藤・編『未来への大分岐』)と述べる。
ずいぶんと飛躍した議論に見えるが、環境危機こそ資本主義に代わるシステム(ポストキャピタリズム)への転機だと斎藤氏は主張する。
背景には未完に終わった『資本論』の草稿として遺されたマルクスの「資本主義とエコロジー」に関する洞察がある。晩期のマルクスは利潤率の低下よりも、温暖化などに現れる人間と自然の物質代謝の攪乱(摂取と排出のバランス破壊)に資本主義の矛盾を見いだし、自然科学の研究に没頭したというのだ(『大洪水の前に』)。
そう考えると、歴史は資本主義の勝利で終わったのではなく、マルクスに帰ることから、再び始まるのではないだろうか。
(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。2019年11月1日号)