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モーリシャス沖日本船座礁・重油流出で生態系に重大危機
井田徹治|2020年9月4日1:33PM
【生態系への影響は甚大 日本は何をなすべきか】
油汚染は広範囲に及んで海岸に到達、多くの魚や海鳥が犠牲になったという直接的な生態系への被害が報告されている。だが、過去の例からするとこれら直接的な影響のほか、油に含まれる揮発性物質による周囲の大気汚染、水に溶けやすい有害物質や小さな油滴となった油による水質汚染など、油による環境汚染は、目に見える汚染がなくなった後も長期間続き、生態系に「慢性的な」影響を与えることが懸念される。現地の専門家は、回復に数十年かかる可能性があるとの見方を示している。
今回、特に問題となるのは周辺にある貴重なマングローブ林の汚染対策だ。干満の差が大きい潮間帯に発達し、海から空中に突き出た「気根」という組織で呼吸をするマングローブは油汚染の影響を受けやすいうえ、海岸と違って除染が難しいことが、メキシコ湾での経験などから指摘されている。
問題は事故の原因と関連企業の対応だ。大型貨物船がなぜ、陸に近づき座礁したのか。乗組員がWi-Fiへのアクセスを求めて陸地に近づいたとの報道もある。これが事実だとすれば企業の責任は重大だ。
また、船が座礁したのは7月25日。長鋪汽船が重油漏れを明らかにしたのは8月7日だ。この間、関連企業が何をしていたのかも問われて当然だ。広範囲に及ぶ損害の賠償は当然だが、事故を招いた重大な過失があったとなれば、英米法では当たり前の懲罰的損害賠償によって巨額の賠償金を請求される可能性もある。
日本政府は8月10日、モーリシャス政府の要請に基づき、海上保安庁の専門家など6人を現地に派遣した。素早い対応は評価できるが、その後の政府の動きといえば、同15日に小泉進次郎環境相が同省の専門家を派遣する方針を示した程度で、きわめて心許ない。
対応の指示はおろか関連の発言もない安倍晋三首相の姿勢と、8月8日にツイッターで「生物多様性が危機にある時、フランスはそこにある。われわれの支援を期待してくれ」と表明、機器や人材の支援を行なったフランスのマクロン大統領の行動との差は鮮明だ。
貴重な生態系や生物多様性は人類共通の資産である、というのが日本も加盟するラムサール条約や生物多様性条約の精神だ。しかも日本には技術も資金もある。自国の管轄下にある企業が引き起こした重大事故を前に、懸念の表明一つすらしない首相の姿勢によって、日本の国際的な評判にまた一つ傷がついたと考えるのは筆者の取り越し苦労だろうか。
(井田徹治・共同通信社編集委員、2020年8月21日号)