松橋事件、冤罪生んだ「検察の証拠隠し」とは?
宮田浩喜さんが国賠訴訟
粟野仁雄|2020年10月21日5:01PM
1985年1月に熊本県下益城郡松橋町(現宇城市)で当時59歳の男性が殺された事件の殺人罪で服役し、昨年3月に再審で無罪が確定した宮田浩喜さん(87歳)の弁護団が9月17日、同県と国を相手に「違法な捜査などで長期間、拘束されて精神的苦痛を受けた」などとして、約8500万円の損害賠償金を求めて熊本地裁に提訴した。
この事件で宮田さんは「シャツの袖を切って(犯行に使った)小刀の柄に巻いていたが、風呂の焚き口で燃やした」と自供していた。だが弁護団の求めで熊本地検が開示した証拠から燃やしたはずのシャツの袖が出てきた。自宅に残っていたシャツ本体と合わせると完全なシャツが復元したため自白が虚偽と判明し、再審無罪の大きな根拠となっていた。また同地検は「布には血がついていない」とした鑑定書も秘匿していた。
このため宮田さんの弁護団は訴状で「シャツ片や鑑定書は、裁判結果に影響を及ぼす可能性が明白で、検察官は法廷に提出する義務を負っていたのに、違法な証拠隠しをした」と指摘した。さらに宮田さんに虚偽自白を迫った警察の取り調べも「ほぼ連日、長時間にわたって執拗に行われており、違法」と主張している。
無実が証明された冤罪事件としては今年3月、殺人罪で服役した元看護助手の西山美香さん(40歳)の再審無罪が決まった滋賀県の「湖東記念病院事件」(大津地裁)がある。しかしこうした捜査の違法性や不当性に踏み込んで指摘した判決は極めて異例。松橋事件でも無罪判決は捜査の違法性などには触れていない。
雪冤する前に脳梗塞で倒れた宮田さんは後遺症で認知症が進み、現在は熊本市内の施設に暮らしている。この民事訴訟は、以前から指摘されてきた長期勾留で苦痛を与える警察の違法な取り調べに加え、「検察の証拠隠し」を炙り出す、重要な裁判になる。
(粟野仁雄・ジャーナリスト、2020年10月2日号)