奨学金の名で若者から収奪する「日本学生支援機構」
「繰り上げ一括請求」の欺瞞を暴く
2021年11月19日9:19PM
【支払能力は審査せず】
8年前の話をしたい。というのは、筆者が「繰り上げ一括請求」の問題に気づいたのは13年のことだったからだ。
施行令5条5項は、当時は5条4項だった。「奨学金ローン」の取り立て状況を取材する中で、難病で仕事が思うようにできずに払えなくなった20代の女性に対して、5条4項を適用して繰り上げ一括請求を行ない、訴訟を起こした例に行き当たった。
明らかに「支払能力」がない人に対して5条4項を適用するのは間違いではないか。支払能力の審査をしているのか。
疑問を持った筆者は、支援機構広報課に質問をした。返ってきたのが次の回答だ。
「支払能力の審査は行っておりません。(略)再三の督促・連絡を行っても返還や猶予の手続き等がない延滞9カ月以上の者に対して、繰り上げ一括請求を行っております。返還が困難な状況であれば、機構に返還期限猶予の申請等など連絡があると考えられ、連絡も無く延滞状態を継続しているものは、機構としては支払能力があるものと認識せざるを得ず、次の世代の奨学金の原資を確保する観点から、厳しい対応をせざるを得ません」(13年9月2日、広報課回答)
審査をしなくても「支払能力がある」ことがわかるという、ひどい詭弁に絶句した。貸金業者や銀行なら金融庁に行政処分を申し立てられる場面だろう。だがすぐに気がついた。「奨学金ローン」には業務を監督する仕組みがない。
違法の疑いが濃厚だったが、改善されることなく一括請求は繰り返される。新聞やテレビはいっさい取り上げず、社会問題にはならなかった。奨学金問題で世論に影響力を持つ市民団体に「奨学金問題対策全国会議」(共同代表・大内裕和中京大学教授)があるが、同会議も「一括請求」には消極的だ。一括請求されたとしても分割払いで和解すれば深刻な問題にはならない、保証人の問題など優先課題はほかにある、といった考え方が根強い。
たしかに、繰り上げ一括請求に伴って起こされた訴訟の多くは分割弁済で和解している。分割金を払っている限り厳しい取り立てはないので、被害者意識を持ちにくい。「分割払いに応じてくれた。助かった」と支援機構の対応に感謝する利用者は少なくない。
【「和解」の本質】
しかし繰り上げ一括請求に続く分割和解には落とし穴がある。特に注意すべきなのが「期限の利益」だ。
「被告が分割金の支払いを怠り、その額が金3万8000円に達したときは、当然に期限の利益を失い、被告は原告に対し、元本から既払額を控除した残金及びそれに対する遅延損害金(年3%)を支払う」
Bさんの和解調書にはこんな記述がある。未払い金が3万8000円――つまり二度延滞するともはや分割払いは認めない、全額耳をそろえてすぐに返還しなければならない、そういう約束だ。
期限の利益とは民法に規定のある法律用語で、債務を分割で弁済してよいという債務者の「利益」のことだ。この「利益」を失えば、全額一括で弁済しなければならなくなる。法律上は、破産をしたり担保物の価値が損なわれた時に失う。しかし一般的なローン契約(金銭消費貸借契約)では、契約書の中に「二度延滞」など具体的な条件を明記して、その場合にも「期限の利益」を失う旨の特約をつける。期限の利益喪失条項という。
Bさんの和解内容にあるのは、まさにこの期限の利益喪失条項だった。危険な条項である。
分割弁済で和解したとしても、長い月日の間にはいろいろな状況の変化があり得る。もし弁済に困窮してしまえば、期限の利益喪失によって、たちまち全額請求される。そのときに起きるのが延滞金の激増である。元本の残りが400万円ならば400万円に対して延滞金年3%がつく。年12万円。預貯金や給料を差し押さえることも可能だ。
一括請求される前であれば、二度遅れたくらいでこうしたことは起こりようがなかった。
期限の利益喪失条項の入った分割和解とは、「奨学金ローン」が学生ローンから普通のローンへと変質したことを意味する。その変質をもたらした最初の作業が、施行令5条5項の強引な適用による繰り上げ一括請求なのだ。