福島原発事故後の「安全」PRの裏には
2021年12月7日4:48PM
野池元基さんの情報公開請求で開示された資料。報酬額は黒塗りされていた。(撮影/筆者)
東京電力福島第一原発事故直後、福島県が県放射線健康リスク管理アドバイザーに任命した山下俊一・長崎大学教授(当時)ら計3人に支払った報酬額が、長野市在住でミニコミ誌発行人の野池元基さんによる情報公開請求で非開示となったことを受け11月16日、野池さんら5人が県情報公開審査会で不服申し立ての意見陳述をした。その後、野池さんらは県庁で記者会見し「報酬額を『私事』と判断し、個人情報として非開示とするのは不当だ」などと訴えた。
福島県は2011年3月19日に山下氏と長崎大の高村昇教授(同)、4月1日に広島大の神谷研二教授(同)にアドバイザーを委嘱した。当時、県はアドバイザー設置の目的を「放射線と健康に関する正しい知識を県民に提供する」としており、これに従って3氏は原発事故直後から県内各地を講演して回り、低線量被曝の“安全”PRにいそしんだ。中でも山下氏は講演やメディアで「(被曝量が)年間100ミリシーベルト以下なら心配ない」などとする「100ミリ安全説」を繰り返し主張した。
野池さんは昨年8月、福島県民らと「東京電力福島第一原発事故に関わる電通の世論操作を研究する会(電通研)」を立ち上げた。官公庁や自治体への情報公開で得た公文書などをもとに、原発事故に関わる電通や学者らによる広報事業の実態を明らかにすることを目的に活動している。
【公職報酬額が個人情報?】
その一環として昨年10月、なぜ3氏がアドバイザーに選ばれたのか、その理由や経緯が分かる文書の公開を請求。文書は開示されたが、県は報酬額については「個人に関する情報」とし、非開示とすると通知した。これに対して野池さんが不服申し立てを行なったところ、今年9月になって、県の情報公開審査会から意見陳述することを認められた。
16日の陳述で野池さんらは、報酬額は個人情報にあたらないことや、福島県伊達市で放射線アドバイザーを務めた田中俊一氏(原子力規制委員会の前委員長)の報酬額が情報公開請求で開示されたことなどを訴えたという。
補佐人の1人で福島原発告訴団団長の武藤類子さんは、3氏の発言の影響について「3人の講演を聞いて、避難先から戻った方、放射能に対する警戒を解いていった方がいた。専門家としての『100ミリシーベルト以下は健康被害がない』という意見は非常に大きかったと思います」と指摘した。同じく補佐人として審査会に出席した海渡雄一弁護士によると、審査会の委員は特に伊達市で支払われた報酬額の開示について興味を持ち、質問を重ねたという。審査会は数カ月で判断し、答申をまとめる予定だ。
一方で、今回の問題は単なる報酬額の非開示にとどまらない、と電通研のメンバーはみている。
山下氏ら3氏がアドバイザーの就任を承諾したのは2011年3月16日。まさに事故直後で、情報が錯綜し、県の当局も住民も、もっとも混乱していた時期だ。前日の3月15日は、福島第一原発では、約700人いた職員のうち70人のみを残して退避しなければいけない状況だったし、双葉病院(福島県大熊町)に向かった自衛隊は高線量のために撤退し、多くの人が取り残されていた。
海渡弁護士は「そんな時に手回しよく(放射線の)健康被害はないと安心させるために、講演して回るよう指示を出した人がいる。それを引き受けて本当に3月中から講演が始まっている。誰がこんなことをやったのか。県政自体で総括すべきだ」と話した。
野池さんも「事故にかかわる広報事業には、国から膨大な予算も投入された。この10年をきちんと検証することは社会的な責務であり、情報のいっそうの透明化が不可欠だ」と話す。
福島県は原発事故の「被災県」にもかかわらず、独自に事故の検証委員会を立ち上げることすらできていない。そんな県の後ろ向きな姿勢が、今回の情報公開でも露呈したのではないだろうか。
(青島洋・ジャーナリスト、2021年11月26日号)