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奨学金返済、一括請求のルーツは?
若者から収奪する「日本学生支援機構」
2021年12月20日6:50PM
【多重債務者にも一括請求】
Aさんが奨学金ローンの返済を滞った理由は明らかだ。不安定収入と多重債務である。
そんな困窮状態の彼に支援機構が640万円の一括弁済を求めた法的根拠は、訴状によれば日本学生支援機構法施行令5条5項である。「支払能力」があるにもかかわらず著しく延滞した場合にのみ全額貸し剥がしができる規定だ。Aさんが640万円を請求された当時、延滞期間は4年、延滞金額は約120万円にすぎなかった。それなのに全額請求されたのは5条5項の適用による。
そもそも困窮者に5条5項を適用するのは誤りだ。支援機構も〈支払能力の審査はしていないが一定期間連絡がない者は支払能力があると認識せざる得ない〉(趣旨)と苦しいながらも「支払能力」について説明している。つまりAさんは支払能力があるからこそ一括請求を受けたことになる。
そうすると、冒頭で紹介した支援機構のK弁護士の態度と矛盾する。K弁護士はAさんの債務整理の相談に乗り、多額の負債があることをじかに聞いた。「支払能力」がないことを確かめた。
これは支援機構が、支払能力がない者に5条5項を強引に適用し、違法な一括請求を行なっている証拠ではないか。
【骨抜きにされた「支払能力」】
いったい繰り上げ一括請求はいつから始まったのか。支援機構広報課の回答はこうだ。
「平成12年度(2000年度)に、支払督促申立予告を行う際、返還の期限の利益を喪失させて返還残額を一括請求するよう取扱いを改めたとの記録が残っています」
「記録」とは『日本学生支援機構10年史 育英奨学事業70年の軌跡』(14年10月、支援機構刊)という書籍だ。確かに同書には00年度から繰り上げ一括請求を始めたと読める記述がある。
〈支払い督促申し立て予告を行うときに、返還の期限の利益を剥奪して返還残額を一括請求するよう取り扱いを改めた〉
「取り扱いを改めた」文書があるはずだと広報課に開示を求めると、意外な答えが返ってきた。
「この記述は過去の日本育英会の年史を引用して作成しておりますが、当該年史の元となった文書は確認できません」
文書が確認できないとは不思議な話だ。改めて『10年史』を読むうち、次の記述に目がとまった。
〈平成12年度における法的措置対象者の選定にあたっては、延滞者の勤務先等の状況から推測して、返還能力があると思われるのに返還に応じない悪質または誠意のない者を抽出し、延滞8年未満であっても保全業務担当者と協議の上、338件の支払督促申し立てを行った〉
00年度の繰り上げ一括請求(法的措置)は「返還能力があると思われるのに返還に応じない悪質または誠意のない者」を選んで行なったという。「支払能力」完全無審査の現在と異なるようにみえる。
支援機構に再度質問した。いつ、どのような事情で、支払能力の審査なしで一括請求をするようになったのか――。5月21日付の回答はこうだ。
〈『日本学生支援機構10年史』の当該記載内容は、機構の前身である日本育英会において平成12年度に実施した法的措置対象者の選定を日本育英会が把握していた延滞者の勤務先等の状況から支払能力の有無を推測して判断したというものにすぎず、特段の調査を行ったものではありません。(中略)連絡もなく延滞状態を継続しているものは、機構としましては支払能力があるものと認識せざるを得ない……(後略)〉
00年度当時から「支払能力」の調査はしていなかったという。調べずになぜ「勤務先等の状況」がわかるのか。詭弁である。
「一括請求」に関する書類がどこかにないものかと支援機構に情報公開請求を行なったところ、「法的処理実施報告書」という文書が見つかった。だが全面黒塗りだ。法人の利益を損なうという。
一括請求の真相は闇に包まれている。確かなのは「支払能力があるにもかかわらず」という施行令5条5項の一節が、いつの間にか、何者かによって消し去られたという事実だ。(つづく)
(三宅勝久・ジャーナリスト、2021年6月4日号)