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“日の丸ヤミ金”奨学金 
私はこうして一括請求を撃退した!(上)

三宅勝久|2022年1月18日5:13PM

支払能力がないのに一括請求された男性が「違法ではないか」と訴訟で反撃した。日本学生支援機構との闘いの模様を明かすリポート第1弾。

繰り上げ一括請求で120万円の弁済を求める法的手段を取った後、支援機構がAさんに送った分割の和解案。(撮影/三宅勝久)

「最近はだいぶ体の調子がよくなりました。一時期は動くこともできませんでしたから」

 難病を抱え、出身地の広島市で療養生活を送るAさん(31歳)が、常用している飲み薬を前に話す。失業に病気が重なり、現在定収入はない。健康上無理ができず、テープ起こしなど内職のアルバイトで糊口をしのいでいる。

「以前いた職場での過労、それに失業のストレスで病気になったんだと思います」

 Aさんはそう言い、ここ数年の目まぐるしい日々を振りかえる。

 大学の法学部を卒業したのは2013年のことだ。何度か転職した後に東京の企業に勤めるようになり、しょっちゅう終電で帰宅する激務の日々を過ごしていた。小さな企業で収入は決して多くはなかったが、やりがいを求めて選んだ仕事だった。

 大学は国立大学法人で私立よりは授業料が安いが、下宿をしていたので費用はかさんだ。両親からの仕送りだけでは賄えず、日本学生支援機構から月額3万円、4年間で144万円の「第2種奨学金ローン」(利息付き)を借りた。

 卒業すると、毎月1万円弱を13年間(156回)で返還すると書かれた「返還誓約書」に署名した。支払い方法は銀行口座からの自動引き落としにした。まさか払えなくなる状況が来るとは、返還誓約書に署名した当時は想像もしていなかった。

【まさかの失職で経済難に】

 大きな環境の変化に見舞われたのは3年ほど前のことだ。勤めていた企業が経営不振に陥って解散する事態となった。Aさんは解雇されて無収入になってしまう。

 失業手当を頼りに次の仕事を探し始めた。だがその直後、体調の異変に襲われる。血尿、倦怠感、発熱――尋常ではないと自分でもわかった。実は解雇される前から体調不良が続いていた。それが悪化したのだ。就職活動よりも治療が先だ。Aさんはそう考えて都内の病院に行く。原因はわからない。別の病院を訪ねてみたが、同じだった。

 やがて失業保険が切れた。格段に生活が苦しくなる。家賃と光熱費、食費、交通費という最低限の支出だけで、なけなしの貯えがたちまち底をついた。体調はすぐれない。思案の挙げ句、東京を引き揚げ、親戚のいる広島に戻る決心をする。療養するにもそのほうがよさそうだった。

 広島の大病院であらためて診察を受けたAさんは、難病の可能性を指摘された。入院して精密検査を受けると、やはり難病の一種だとの確定診断が出た。入退院を繰り返しながら治療が1年ほど続いた。そのかいあって体調は回復に向かった。治療開始がもう少し遅ければ取り返しのつかない状態になるところだった、と聞かされた。

 体が回復してAさんはひとまず安堵した。だが経済的な問題を考えると気持ちは晴れなかった。内職で得るわずかな収入は最低限の生活費や病院代、国民健康保険料に消えた。仕事を探したかったが選択肢は狭い。

 体調は万全ではなく、感染症の危険があるので外出は極力避けたい。新型コロナウイルスが全国各地で猛威を振るいはじめていた。

「かなり落ち込んでいました。コロナの影響でちゃんと治療が受けられるだろうかという不安も、正直なところ、ありました」

 当時の心境をAさんはそう語る。それでも気を取り直し、自宅でできる負担の小さな仕事を、体調を見ながら少しずつ増やした。

【一括で120万円払え?】

失業と難病で経済苦に陥り、返済ができなくなったAさん。(撮影/三宅勝久)

 生活再建に取りかかったばかりの今年1月6日のことだった。正月気分が抜けきらない中、Aさんの元に日本学生支援機構中国四国支部(広島市中区)から封書が届く。封筒の表には目立つ縞の斜線模様が施され、「重要文書」の大文字。一見して威圧感を与えるデザインだ(写真参照)。

 開封して中の文書を見たAさんは驚いた。約120万円を一括で支払えとある。しかも支払期限は1月27日だという。わずか3週間後だ。

 約120万円もの金を今の状況で払えるはずがなかった。Aさんは支援機構に電話をする気力もなくなり、途方に暮れた。すると、4カ月後の今年5月、今度は可部簡易裁判所(広島市安佐北区)から特別送達郵便が来た。受取人に直接渡す郵送方法だ。中に入っていた文書を見てAさんはうろたえた。表紙にこう記載されていた。

「令和3年(ロ)第××号 支払督促 債務者は債権者に対し請求の趣旨記載の金額を支払え。――債務者がこの支払督促送達の日から2週間以内に督促異議の申立てをしないときは、債権者の申立てにより仮執行の宣言をする――可部裁判所」

 次々ページをめくると「請求の趣旨」として次のように書かれていた。

1 主たる請求 合計金119万円
(1)金10万円(返還期日経過元本小計額)
(2)金109万円(一括繰上げ返還すべき返還期日未到来元本小計額)
2 附帯請求1 合計金1万8000円
(1)金1万7000円(利息)
(2)金1200円(延滞金)
3 附帯請求2 元本119万円に対する年3%の延滞金

(注・数字は概数)

 延滞金を含む120万円あまりを耳をそろえて返せとばかりに、法的手続きを取ってきたのだ。

 ところで書類をよく見たAさんは、このとき初めて「約120万円」の内訳を知った。そして複雑な気持ちになる。Aさんが延滞した期間は約1年、金額にして10万円弱にすぎない。引き落とし口座の残高がなくなり、延滞状態になっていた。ちょうど入退院を繰り返していた時期と重なる。

 その約10万円の遅れがどうして約120万円の請求になるのか。理由は「繰り上げ一括請求」にあった。遅れた約10万円に加えて、将来10年間かけて分割で払う予定だった約100万円を「繰り上げて」一括で請求しているのだ。あまりにも乱暴なやり方に思えた。

【支援機構の「和解案」】

 ともあれ、放置するとよくないと判断し、Aさんは異議申し立てをした。支払督促とは、簡単に言えば債権回収のための訴訟手続きだ。異議申し立てをしなければ債権者の言い分が一方的に認められ、財産差し押さえなどが可能となる。

 Aさんの異議申し立てにより支払い督促は訴訟に移行した。しばらくすると裁判所から裁判の期日が決まった旨の連絡があった。2カ月ほど先だ。裁判を控え、どうなるのかと気をもんでいたある日、支援機構から奇妙な手紙が来た。分割払いの「和解案」だった。

「分割案の送付について――このたびの申立てに対し、異議申立書を提出いただきましてありがとうございます。分割金額について、別紙のとおり和解案を作成いたしました。ご確認の上ご回答をお願いいたします」

 分割案は二つあった。第1案が毎月1万円の122回払い。第2案が5200円の236回払い。ただしどちらの分割案も、延滞した場合は残金を全額一括弁済する、残金には延滞金3%がつく、との条件がついていた。

 Aさんは釈然としないものを感じた。約120万円を耳をそろえて払えと法的手続きを取っておきながら分割払いの和解案を出すというのは、矛盾した行動ではないか。それだけではない。「繰り上げ一括請求」に対する疑問があった。この請求が違法であると指摘した記事(注)をインターネットで見たことがあったからだ。

「裁判の場で納得のいく説明をしてもらおう」

 そう考えてAさんは分割案に回答することを留保した。

 裁判期日の7月8日、Aさんは知人の車で可部簡裁に向かった。折しも猛烈に発達した梅雨前線の接近で広島地方に気象警報が発令されていた。(つづく)

(注)『ダイヤモンド・オンライン』2020年10月14日付「経済的弱者を追い詰める奨学金『「繰り上げ一括請求』問題とは」(https://diamond.jp/articles/-/250748)。

(三宅勝久・ジャーナリスト、2021年11月19日号)

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