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安保法制違憲訴訟、口頭弁論最中に裁判長が「脱兎のごとく」退廷
本田雅和|2022年3月8日6:24PM
集団的自衛権の行使を可能とする安全保障法制は憲法違反だとする集団訴訟のうち、女性ばかりの原告121人が戦争による女性への人権侵害に焦点を当て、国に損害賠償を求めた「安保法制違憲訴訟・女の会」の原告と弁護団は2月4日、記者会見し、東京地裁で進行中の同裁判担当の武藤貴明裁判長の訴訟進行に異議申し立てをしたことを明らかにした。弁論の最中に武藤裁判長が突然立ち上がり、陪席判事2人を従えて退廷してしまったからだ。
審理が終結したかどうかさえわからず、困惑した弁護団が裁判所側に抗議と問い合わせをしてきたが、14日までに口頭弁論調書の謄写を確認したところ、判決言い渡し期日が3月25日午前10時と指定されており、弁護団でさらなる法的措置の対応を検討している。
この裁判は、2015年に成立した安保法制が日本を「戦争できる国」に転換し、戦時や平時の性暴力を含めた女性への暴力や差別を助長しているとして16年8月に提訴された。これまで16回の口頭弁論が開かれてきたが、その間に裁判長が3回も交代。4人目の武藤裁判長は20年10月の第15回口頭弁論で結審を告げたため、原告側は21年1月に裁判官忌避を申し立て、翌月に棄却された。今年1月28日に1年3カ月ぶりに開かれた口頭弁論で「事件」は起きた。
原告弁護団によると、同日は武藤裁判長以外の両陪席判事が交代したための弁論更新手続きとして、原告代理人弁護士3人の意見陳述が予定通り30分で終了。武藤裁判長が準備書面と書証の確認だけは「普通の声で」した後、証人申請の採否については言及しなかったため、山本志都弁護士が発言のために立ち上がり「原告代理人の山本です。今後の立証について……」と言いかけたところで、武藤裁判長がそれを遮るように右手を差し出し、驚くべき行動に出た。
左右の陪席に目配せをし、腰を浮かしつつ「モゴモゴと何事かをつぶやき、脱兎のごとく」法廷から出ていったという。法廷には傍聴席を含めて数十人がいたが誰もが何も聞き取れなかった。
弁護団は書記官に「裁判長が法廷に戻り、再度明確に発言するように」と求めたが書記官は「閉廷した」をくり返すだけ。法廷外に出たところ、玄関ロビーへの廊下に鉄柵と囲いのバリケードが作られ、約50人の警備の職員が人垣を作り、監視する警察官もいた。角田由紀子弁護士は「40年以上弁護士をしてきたがこんなことは初めて。私たちは暴徒か」と皮肉る。
【司法を蝕む判事の自壊】
裁判処理の迅速化や裁判官の「与党・政府寄り政治偏向」による「司法の劣化」が指摘されて久しい。最近では生活保護費基準引き下げを違憲とする集団訴訟を棄却する地裁判決文3件でコピペ(文章の複写・貼り付け)としか考えられない、全く同じ誤字と酷似表現が見つかっているほか、未払い賃金支払い訴訟の東京高裁判決で審理に関わっていない裁判官が判決文に署名していたことが発覚するなどの不祥事が相次ぐ。
裁判官を40年務め、2011年に福岡高裁部総括判事で退官した森野俊彦弁護士は、普通の民事訴訟で「事前に制服・警棒所持の警察官を裁判所内に入れて待機させたことがまず問題だ」と指摘。「庁舎管理者(所長)と受訴裁判所の裁判長の間で決めたのだろうが、審理に悪影響を与えるのは必至で情けない限り」と批判する。
さらなる問題が「裁判長が訴訟指揮といえる内容に値する、どのような発言をしたか不明なこと」。裁判所が原告側の要請に応えずに審理終了宣言することはままあるが、そのことの当否は別にしても「少なくとも法廷にいる者が明確に聞き取れる形で『弁論を終結する。判決言い渡し期日は追って指定』という、これ以上は短くできない必須の発言が確認できていない。本件ではきちんとした裁判が行なわれたとは言えず、裁判の破壊・自壊と言うほかない」と嘆く。
最高裁事務総局は本件訴訟指揮やコピペ事件などを「司法の劣化」と指摘する取材に「個別の事件については回答できない」と答えた。
(本田雅和・編集部、2022年2月18日号)
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