巨額の横領容疑で大阪地検特捜部に逮捕・起訴された後に無罪が確定した不動産会社「プレサンスコーポレーション」（大阪市）の前社長、山岸忍氏（59歳）が、「検事が元部下への違法な取り調べにより事実と異なる供述を引き出した」として３月29日午後、同特捜部の検事２人を特別公務員暴行陵虐と証人威迫の容疑で最高検察庁に刑事告発。この２人と捜査主任検事ら２人を罷免するよう法務省の検察官適格審査会に審査を申し立てた。

　山岸氏は同日午前「違法な捜査で２４８日間勾留され精神的苦痛を受け、プレサンス社を守るために所有していた株を安値で売らなければならなくなった」として国に７億７０００万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴していた。25日に大阪市内で開いた記者会見では「検察は真実を明らかにしたいのではなく、有罪だと思った人物を裁判で有罪にするために手段を選ばない組織であることを、身をもって体験しました」「特捜部は私の無実を供述している人の話はまったく取り合わず、調書にも残さず、威迫や利益誘導によって自分たちのストーリーを押し付けていたのです」と話していた。

　刑事告発されたのは同特捜部に所属していた田渕大輔、末沢岳志の両検事。適格審査を申し立てられたのはこの２人のほか山口智子、蜂須賀三紀雄の両検事だ。

　山岸氏は２０１９年、学校法人明浄学院（大阪府熊取町）の土地取引で当時の理事長が21億円を横領した事件で共謀したとして特捜部に逮捕・起訴されたが、昨年10月に大阪地裁（坂口裕俊裁判長）で無罪判決が言い渡された。検察は控訴を断念、無罪が確定した。判決は山岸氏の元部下の取り調べで検事が「（プレサンス社の）評判を貶めた大罪人」などと発言したと認定。「元部下の供述は変遷があり信用できない」とした。

【背景に特捜部の功名心か】

　取り調べの録音・録画の記録を分析した弁護団によると、田渕検事が元部下を「検察なめんな」「ふざけんな」などと長時間罵倒。「あなたは会社の評判を貶めた大罪人だ。会社から10億円20億円ではすまない損害賠償を求められる」などと脅し、山岸氏が横領に関与したとする供述を引き出した。末沢検事も取引関係者に「山岸さんの関与を認めなければ刑が重くなる」などと不安を煽っていた。山口検事は巧みに山岸氏に寄り添ったふりをし、弁護士の接見を妨害。主任の蜂須賀検事はすべてを把握していたという。

　29日の刑事告発後にも記者会見に臨んだ山岸氏は「検察は自分たちのストーリーを押し付けた。客観証拠を重視した正当な捜査を期待します」と述べた。大阪地検の八澤健三郎次席検事は「本件告発等に関しては適切に対応したい」とコメントした。

　山岸氏の代理人の中村和洋弁護士は「山岸さんは脅しに屈せず、自白調書を作らせなかったが、密室でのあの取り調べなら普通の人は嘘でも自白してしまう」と話す。

　山岸氏は「検察官個人の功名心や保身の心、途中で踏みとどまって方針を変えない検察組織が正されなければまた冤罪が生まれる」としている。プレサンス社は営業成績の良い上場企業で、同特捜部にはその社長を起訴有罪にしたい功名心があったと弁護団はみる。中村弁護士は「18億円を学校法人に対してではなく、後に理事長個人に貸し付けたというのが特捜部の見立て。横領した資金から返済されることがわかりながら18億も貸す馬鹿はいない。荒唐無稽としか言いようがない」と総括する。

　29日の会見で筆者に検察官の印象を訊ねられた山岸氏は「まったく世界が狭く、世間では常識になっていることも知らない」と答えた。公務員は起訴されれば休職処分になる。検察官は国民の人生を左右する起訴権限を持ち、死刑求刑もできる。かつて大阪地検特捜部は郵便不正事件で、厚生労働省課長だった村木厚子氏の部下の係長を威迫し、彼女が不正に関わったと虚偽自白させていた。村木氏は屈しなかったが、今回もまったく同じ構図だ。村木氏事件を教訓に進められた検察改革の効果が疑われる結果だ。

（粟野仁雄・ジャーナリスト、2022年4月8日号）