諫早湾干拓差し戻し審、福岡高裁が国の請求認める
漁業者側は最高裁に上告
永尾俊彦|2022年5月10日2:37PM
「海に来てみろ、潜ってみらんか」
3月25日、佐賀県太良町大浦の漁師、平方宣清さん(69歳)は怒りを押し殺し、こう言った。
この日、国営諫早湾干拓事業(長崎県)の潮受け堤防排水門の開門を命じて確定した福岡高裁判決(2010年)について、その強制力をなくして執行しないようにと国が求めた「請求異議訴訟」の差し戻し控訴審で、同じ福岡高裁が「強制執行は、これを許さない」として、国の請求を認めたのだ。
この「請求異議訴訟」では一審の佐賀地裁が国の請求を退けた(14年)が、二審の福岡高裁は共同漁業権の消滅を理由に漁業者が開門を求める権利も失われたとして国の請求を認めた(18年)。しかし最高裁はこの論理を否定、審理を尽くさせるため高裁に差し戻していた(19年)。福岡高裁は和解協議を呼びかけ、漁民側は歓迎したが、国は「開門の余地を残した和解協議の席には着けない」と拒否。この日の判決に至った。
平方さんが最も腹立たしいのはこの日の判決が「一人当たりの漁獲量は、確定判決後、増加傾向」と認定した点だ。だが、漁獲量で増えているのはシバエビとクラゲだけ。「シバエビは魚のエサで、魚がいないから増えている。クラゲも豊かな海には育たない。漁師は他にとるものがないから(それらを)とっているんです」と話す。
タイラギという大型二枚貝の潜水漁をしてきた平方さんによれば「海の底は硫化水素が発生するガタ(潟)で真っ黒」。タイラギ漁はこの10年、休漁が続く。
他にも判決は、最近の短時間強雨の増加や海面水位の上昇などから潮受け堤防を閉め切って調整池の水位を低く保っておく防災上の必要性が確定判決時より高まっていること、さらに開門により調整池が塩水化されると農業用水が利用できなくなり、営農上の支障が大きいことなどから、漁民が国に開門の強制執行を求めることが「権利の乱用」だと判示した。
これに対して漁民側弁護団は、確定判決に基づく強制執行が軽々に権利乱用と判断されたら民事訴訟の根幹が揺らぐと批判。最高裁が1987年の判例で厳格な判断基準を示しているのに、今回の判決がこの要件について何の判断もしていないと指摘する。
【開門判決「無効化」にあらず】
同弁護団の馬奈木昭雄団長は、マスコミが今回「確定判決が『無効化』された」と一様に報道しているのは間違いだと語る。
「『無効化』なんかされていません。確定判決は生きているんです。強制執行されなければ判決を履行しないという国は無法者です」
他方で、農民側が起こした「開門するな」という確定判決もある。「だから、『両方に納得してもらうよう最善を尽くします』というのが国のとるべき憲法上の正しい答えです」と馬奈木団長は話す。そのためには話し合いによって双方の合意点を見出す和解協議が必要だ。農林水産省も実は開門幅を制限するなどで防災機能を確保し、営農も行なえるようにするというパンフレット「開門への協力のお願い」を2013年に九州農政局公式サイトで公開していた。
筆者は4月1日の定例記者会見で金子原二郎農水大臣に質した。
――今回の判決について漁業者側は強制執行が許されないと認めただけであって(国の)開門義務は消えないと言っていますが、大臣はどうお考えでしょうか。
金子 そうですかね。国の請求は認めるという内容と思っています。
――一方で開門を命じた確定判決があり、他方では開門してはならないという確定判決もある。両方を満足させるような策を講じるのが大臣の務めではないですか。
金子 私は、非開門前提で向こう(漁業者側)が、お考えがあるならば対応したいと思っております。
――(開門の幅を短くする)開門の仕方があれば、農水省もそんなに被害は出ないと言ってるんですが、それは考えないですか。
金子 開門すると大変な被害が出るということはよく分かっています。見解の相違じゃないですか。
原告45人は4月8日、最高裁に上告と上告受理申立をした。
(永尾俊彦・ルポライター、2022年4月29日・5月6日合併号)