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車椅子使用が認められず2年以上入浴できなかった受刑者が国を提訴
井澤宏明|2022年5月13日7:21PM
岐阜刑務所(岐阜市則松)に収容中の男性受刑者(70歳)が4月8日、自力での歩行が困難であるにもかかわらず車椅子の使用が認められなかったため、2年3カ月余りにわたって入浴できず精神的苦痛を受けたなどとして、国を相手取り154万円の損害賠償を求める裁判を岐阜地裁に起こした。
訴状などによると、男性は2011年1月に大阪刑務所から岐阜刑務所に移送された。足腰が悪かったため大阪拘置所や大阪刑務所では車椅子が貸し出されたが、岐阜刑務所では使用を許されず床を這って移動するよう求められた。
最初に収容された部屋から入浴場までは4~5メートルだったため這って行けたが、戸外の運動場までは150メートル以上あって行けなかった。12年9月に移動させられた部屋は入浴場まで20~30メートルも離れていたため這って行くことができず、以降は歩行器使用が許可された14年12月末まで2年3カ月余り、男性は入浴できず、タオルで体を拭いてしのいだ。運動場も100メートル以上離れていて約4年間使えなかった。
歩行器を使用できるようになったとはいえ体重がかかるフレームに両肘が擦れて強い痛みを感じ、出血、化膿して治らない状態に。そのため戸外の運動を月2回程度に減らさざるを得なくなった。
男性は移送直後から何度も車椅子貸与願を出したが許可されず、弁護士との面会さえできなかったという。最初は11年3月、旧知の弁護士が面会に訪れたが、車椅子なしでは面会室まで行けず、会えなかった。二度目は同年9月、岐阜県弁護士会人権擁護委員会の弁護士2人が訪れたが、自力で歩行できないことを理由に面会が認められなかった。男性は刑務所での処遇について弁護士会に人権救済の申し立てをしていた。
訴状では、受刑者の心身の健康を維持する上で重要な戸外運動や入浴を車椅子の貸与を認めないことにより妨げている実態は、身体障害に基づく差別と言わざるを得ず、障害者権利条約(日本は14年に批准)や障害者差別解消法(16年施行)、憲法14条の保障する「法の下の平等」に違反し、男性の意思に反して歩行器の使用を強要した措置は刑事収容施設法にも違反する、と主張している。
車椅子の使用が認められたのは21年2月のこと。男性は同刑務所への移送当日、職員に両腕をつかまれ引きずられたことにより右手がしびれ、文字を書くことさえ困難になったなどとも訴えている。
取材に対し同刑務所は「当所では医師の資格を持つ医務課長が診察して、歩ける、歩けないを確認し、必要なら、車椅子や松葉づえ、歩行器のうちどういう物を使わせるか判断している」としている。
【背景には受刑者高齢化も】
男性の代理人でNPO法人監獄人権センター(東京・新宿)事務局長の大野鉄平弁護士は、今回のケースの背景に「受刑者の高齢化の問題がある」と説明する。
「介助や介護が必要な受刑者が増えているのに、刑事施設には『うちは介護施設じゃない』という感覚がある。だからといって適切な措置を講じずにいると、今回のように条約違反にまで発展する可能性がある。裁判ではどこが一線なのかを問うていきたい」
障害者差別解消法7条は、行政機関等は「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」と定めているが、「負担が過重でないとき」という条件付きだ。
日本弁護士連合会人権擁護委員会委員で、刑務所の人権問題に詳しい松本隆行弁護士は「問題は『過重な負担』かどうかという部分。拡大解釈されたら同法の趣旨が台無しになってしまう」と指摘。同法施行に備え法務省が15年11月に定めた「対応要領」が「過重な負担」の拡大解釈を強く戒めていることに注目するべきだという。
「車椅子の問題は岐阜刑務所だけではなく、全国の刑務所に通底する。刑事施設で障害者権利条約や障害者差別解消法がきちんと適用されていくための一里塚になるのではないか」。松本弁護士は裁判の意義をそう評価している。
(井澤宏明・ジャーナリスト、2022年4月29日・5月6日合併号)