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「テロ」の連鎖を起こしてはならない
〈編集委員コラム 風速計〉
中島岳志
2022年8月5日7:00AM
安倍晋三元首相殺害事件と類似している事件がある。1921年9月に起きた安田善次郎刺殺事件である。殺された安田は、「安田財閥」の基礎を築いた富豪だった。
犯人は31歳の青年・朝日平吾。彼は12歳の時に実母の死と経済状況の悪化を経験し、鬱屈をため込んだ。大学に進学したものの長続きせず、佐賀にある陸軍第18師団に入隊。しかし、これも数年で除隊してしまい、そのあとは大陸など各地を転々とした。労働運動に加わり、政治活動を展開するが、そこでも承認欲求が満たされず、自らの「生きづらさ」の原因を、富を独占する財閥に求め、事件を起こすに至った。
事件直後の報道は、朝日に対する非難一色だった。彼の粗暴な素行が追及され、厳しい見解が相次いだ。しかし、安田家の遺産問題がクローズアップされるようになると、報道は一転し、「安田は守銭奴」といった財閥批判が主流を占めるようになった。その過程で、朝日に対する共感が示され、一部では格差問題を可視化させた存在として、半ばヒーロー扱いされるようになった。
これが「テロ」の連鎖につながる。安田刺殺事件から約1カ月後、東京駅で時の首相・原敬が暗殺された。犯人は18歳の青年・中岡艮一。彼は東京・大塚駅の転轍手として働く非正規労働者で、信頼する上司が朝日平吾の犯行を称賛していることに影響を受けたと供述した。
この過程は、現在に多くの示唆を与えてくれる。安倍元首相殺害事件直後は、容疑者の山上徹也に対するネガティブな報道が相次いだが、彼の怒りが旧統一教会による家庭崩壊に向けられたことが鮮明になると、世の中の関心の中心は旧統一教会の実態と自民党議員との関係にシフトし、山上への同情と共感が寄せられるようになった。
この状況は、危ない。原敬暗殺のような「テロ」の連鎖を誘発してしまう可能性がある。旧統一教会問題を厳しく追及することは、ジャーナリズムの使命である。政治家との関係性の追及も、徹底的に進めるべきだ。しかし、その行為が山上の犯行を肯定的に扱う方向へと流れてはならない。
「テロ」の連鎖は、必ず治安維持権力の肥大化を生み出す。安倍内閣時に、「テロ等準備罪」が成立しているが、運用規定があいまいで、裁量次第で適応が可能になっている。言論の抑圧・萎縮につながらないよう、細心の注意を払わなければならない。
(2022年7月29日号)
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