連載 “日の丸ヤミ金” 奨学金 第11回
若者から収奪する「日本学生支援機構」
最大の遅滞理由は「低所得」
三宅勝久・ジャーナリスト|2022年9月2日10:07AM
奨学金延滞の最大の理由が「低所得」と知りつつ、日本学生支援機構は一括請求を続ける。各都道府県の高校生向け貸付制度との比較でも、その悪質さが浮かび上がった。
7月28日、独立行政法人日本学生支援機構(以下、支援機構)の公式サイトに2020年度の「奨学金の返還者に関する属性調査」(注1)結果が掲載された。3カ月以上の延滞者を対象にアンケート調査したところ、前年度に続いて、延滞理由でもっとも多いのが「低所得」だったという。回答者の62・9%がそう答えた。延滞理由の2番目は「奨学金の延滞額の増加」で41・4%。以下「本人の借入金の返済」32・9%。「本人親の経済困難(親に経済援助)」17・3%――と続く(重複回答あり)。この4大延滞理由は、少なくとも過去5年間不動である。
延滞者の職業も調査されている。延滞者のうち「正社(職)員・従業員」と回答した人は41%。無延滞者の76・6%と大きな開きがある。「無職・失業・休職中」は延滞者16・1%、無延滞者3・4%。
経済的困難と延滞金の増加、それが延滞の大きな要因であることがはっきりとみてとれる。
矛盾に満ちた機構の回答
「繰り上げ一括請求」を乱発する支援機構への疑問がいっそう深まる。返還期限がきていない債権を全額請求する「繰り上げ一括請求」の法的根拠は支援機構法施行令5条5項だ。そこには、債務者が「支払能力」を有していることが要件であると明記してある。しかし、支援機構は「支払能力」を審査せずに一括請求を行なっている。その理由(趣旨)はこうだ。
「一定期間連絡がなく返還猶予も使わない者は、支払能力があると認識せざるを得ない」
ところが、延滞者の大半が低所得に苦しんでいるとのデータをもっていたとすれば話は違う。「支払能力がないと認識せざるを得ない」状況ではないのか。支援機構に説明を求めたところ、返ってきたのは木で鼻をくくったような答えだ。
「機構では、返還者に対し、架電や書面による通知、訪問督促等の様々な場面で繰返し返還期限猶予や減額返還制度等の案内を行っておりますが、それにもかかわらず返還期限猶予の申請等の連絡もなく延滞状態を継続している場合は、機構としては支払能力があるものと判断し、一括請求を行っております。そのため、低所得などで支払能力がない方であっても、何らかの事情により、本機構が繰り返し案内している返還期限猶予等の手続きをとらず、また、本機構への連絡もない場合は、一括請求の対象となる可能性がありますが、一括請求の後であっても、返還困難である旨をご相談いただければ、それぞれの状況に応じて適切に対応します」(広報課)
「支払能力がある」から一括請求をしていると言いながら、支払能力がない人に一括請求をしている可能性があることを認めている。もはや何を言っているのかわからない。監督制度がない独立行政法人の立場を悪用してやりたい放題である。
冒頭で紹介した延滞調査は、文書黒塗りをめぐる支援機構の「釈明」についても矛盾を浮き彫りにした。違法回収の指示が疑われる「法的処理実施計画」という文書がある。情報公開請求するとほぼ完全に黒塗りにしたため、現在開示を求める訴訟を続けているが、黒塗りの違法・不当を訴えた別の手続き(審査請求)(注2)で、支援機構はこんな釈明を行なっている。
「仮に、これらが公にされると、奨学金返還を延滞している者において機構の動向を推認できることとなり、悪意ある者が機構による督促から身を隠すこと、資産を秘匿すること及び延滞状況を放置することが助長される事態を招来することとなる」
しかし延滞調査に回答した延滞者のうち、年収が300万円以下と答えた人は69・4%にのぼる。しかも、その中で200万円以上と答えた人は21・9%に過ぎない。秘匿する資産などないことを支援機構は十分知っている。
自治体貸付制度との比較
支援機構の一括請求のでたらめさは、旧日本育英会から都道府県に移管された高校生を対象とする貸付制度の現状と比べればよくわかる。
日本育英会の貸付制度のうち高校生対象のものは、04年の独立行政法人化にともなって都道府県に移管された。
そこで、全国都道府県の状況を緊急調査したところ、自治体が直接やっている場合と公益法人を受け皿としてやる場合の2種類があることがわかった。自治体の直接方式は神奈川県など29府県。公益法人に委託しているところが、東京都など18都道府県。教育委員会が事務を行なっている。
まず、自治体直接方式をとっている29府県について、返還期限未到来のものを前倒しにして一括請求する「貸しはがし」制度の有無を調査した。結果、条例などで一括請求規程を設けているのは、宮城、福井、高知、滋賀、石川、広島、鳥取の計7県だった。各教育委員会事務局に運用状況などを取材すると、次のような回答があった。
◆宮城県「口座引き落としができないものについては催告書を送っているが、返還期日がきていないものを請求することはしていない。その考えもない」
◆福井県「期限未到来のものの請求はしていない。返還期限がすべて過ぎた後に債務が残っている場合も、事情を聞き、支払猶予制度を使いながら対応している」
◆高知県「利用者が破産した場合は繰り上げ一括請求を検討することはあるが、それ以外ではない」
◆滋賀県「一括請求の条項はあるが、実際には使っていない。期限到来分だけを請求している」
◆石川県「延滞や連絡がとれないだけでは条例が定める(一括請求の)正当事由にならない。繰り上げ一括請求は行なっていない」
◆広島県「事情によって一括請求をすることはあるが、慎重にしている。一括請求に伴い支払督促をした場合も、分割払いに応じている。その際に期限の利益喪失条項はつけていない。延滞金を課すことはほとんどない」
◆鳥取県「3年間連絡がなければ一括請求をして支払督促を申し立てている。年間1件程度。延滞金(3%)を課すが、元本から充当している」
残る22府県は根拠規程自体がないので一括請求の心配はない。
一括請求なしでも困らず
繰り上げ一括請求という強い回収行為をしなくても事業に支障はないのだろうか。一括請求条項を持たない神奈川県を取材した。「問題はないですよ」と、担当の県教委財務課職員は笑いながら説明した。
「世帯年収910万円未満で県内在住などの条件にあえば、希望者全員に貸与しています。年間予算は約10億円。基金を運用しています。令和3年度(21年度)は1618人。少子化と給付金の増加で年々減少しています。返還中の債務者は約4万人。延滞する方もいますが、延滞金はつけず、個別に事情を聞いて、返還が困難であれば猶予申請をしてもらうなど丁寧に対応しています。回収率に問題はありません」
日本育英会時代の「古きよき奨学金」の面影が各地の地方自治体には残っていたらしい。(つづく)
(注1)支援機構によれば調査は2020年12月末時点での3カ月以上の延滞者から無作為抽出した1万5785人にアンケートを発送。回答があった2106人(13・3%)の結果を集計。20年度の総貸付残高は約9兆5920億円。要返還債権額は約7兆5000億円(約450万人)。このうち3カ月以上の延滞債権は約2・8%にあたる2069億円(約3万人)。
(注2)本連載の第3回(21年6月4日号)、第8回(22年2月25日号)、第10回(同7月1日号)を参照。
(三宅勝久・ジャーナリスト、2022年8月5日号) *第12回は『週刊金曜日』9月9日号に掲載します。