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ヘイトクライムが裁かれた
ウトロ地区などの放火事件
被告に懲役4年の実刑判決
粟野仁雄・ジャーナリスト|2022年9月20日3:16PM
在日コリアンが多く暮らす京都府宇治市伊勢田町のウトロ地区で昨年8月、空き家に放火して7棟を全半焼させ、ウトロ平和祈念館の展示予定物も焼失させたとして非現住建造物等放火罪などに問われた有本匠吾被告(23歳、奈良県桜井市在住)に対し、京都地裁(増田啓祐裁判長)は8月30日、懲役4年の実刑判決を下した。
有本被告はこの事件の1カ月前にも名古屋市で在日本大韓民国民団(民団)系の学校や韓国人消費生活協同組合の建物にも放火して起訴され、裁判ではそれらも併合審理された。判決は「在日韓国朝鮮人という特定の出自を持つ人々に対する偏見や嫌悪感等に基づく、誠に独善的かつ身勝手なもの」「暴力的な手段に訴えることで、社会の不安をあおって世論を喚起するとか、自己の意に沿わない展示や施設の開設を阻止するなど」の行為は民主主義社会で到底許されないと断罪。求刑(懲役4年)通りの判決を言い渡した。
判決後の記者会見では民団愛知県地方本部の河隆實団長が「ほっとしている。一歩間違えば子どもたちの学校も焼失していた。有本被告に反省の色が見られず、更生してくれるのか心配」、趙鉄男事務局長が「ある程度私たちの声が裁判官に届いた。これを機にヘイトクライムを罰する法律を作っていきたい」と、それぞれ評価した。
ウトロ平和祈念館を運営する一般財団法人ウトロ民間基金財団の郭辰雄理事長も「検察は被告人の個人的感情にしてしまっていたが、我々は民族への差別的犯罪と訴えてきた。裁判所は偏見と明示し、個人的感情にとどめず社会へのメッセージを出してくれた」と語ったほか、同館の金秀煥副館長も「空き家の放火で済まされるかと心配したが偏見や憎悪など、犯行の動機にも踏み込んでくれた。一歩前進した」と安堵した。
判決に「差別」の文言なし
一方で、ウトロ被害者弁護団の豊福誠二団長は「判決文は差別という言葉をまったく使わない。あそこまで踏み込んでなぜなのか。誰かに削られたのかと勘繰りたくなる。偏見や嫌悪は個人の勝手な思いだが、差別は違う。過去(犯行動機に)差別という言葉を明示した判決は略式命令にしかないので注目したが、裁判官が意図的に使わなかった」と批判した。
「多数決中心の立法府や行政では、マイノリティの権利を守れず、救済は司法の場しかない」と主張してきた豊福団長ら弁護団は、声明でも判決について「裁判所が人権の最後の砦として、人種差別を断罪し、参政権を持たないマイノリティの人権に配慮する職責を放棄したもの」と手厳しかった。
会見後、報告集会も行なわれ、参加者からは「国連の人種差別撤廃条約に対応した形の立法化も考えるべきだ」という意見が出た。これについて被害者弁護団メンバーの一人、冨増四季弁護士は「人権条約について政府は『取り組んでいます』と言うが何をしているのかわからない。国会議員がもっと質問するべきだ。われわれには差別と聞くとスルーしてしまうアレルギーがあるが、研修を重ねて差別被害を理解し、広めたい」などと話した。
近鉄京都線の伊勢田駅近くに広がるウトロ地区には、戦時中の軍の飛行場建設に駆り出された朝鮮人労働者やその子孫が住み着いたが、地権者が明け渡しを求めた裁判で敗訴。現在は韓国政府の支援や募金で土地の一部を買い取って居住している。
有本被告は公判で「ウトロ地区が不法占拠であることを知らしめたかった」などと供述したが、地区の存在を知ったのも放火の数日前という。判決では「離職を余儀なくされるなどして自暴自棄になる中」で、ネットの差別記事にあおられて彼らに矛先を向けたとされた。
5月から有本被告の公判を全部傍聴し、この日も取材に訪れたジャーナリストの安田浩一氏は「法廷での供述も、本当に被告人の心からの言葉なのかと疑問に感じていた。主張を聴いてもSNSなどで使い古され手垢のついたような言葉を繰り返すだけに聞こえた」と語った。
(『週刊金曜日』2022年9月9日号)