環境危機とパキスタン洪水
編集委員コラム 風速計
中島 岳志
2022年9月30日2:12PM
パキスタンで洪水被害が拡大し続けている。死者は1300人を超え、さらなる被害の悪化が懸念されている。
私は20代の約3年間、隣国のインドで生活した。パキスタンに入国したことはないが、分離独立以前は同じ英領インドであり、私にとっては第二の故郷と地続きの存在だ。学生時代からパキスタンの国語・ウルドゥー語を学んできたため、テレビのニュースから聞こえる悲痛な声が、胸に突き刺さる。
今回の洪水の原因は、長期間に及ぶ豪雨や地球温暖化の影響で、山岳地帯の氷河が解けたことにあるとされる。背景には、環境破壊からくる異常気象があるという。地球温暖化の原因となる温室効果ガスを多く出しているのは先進国であり、その被害を受けるのは途上国である。パキスタンのラホール経営科学大学のニダ・キルマニ教授は、「洪水に関するいかなる救済も『援助』としてではなく、過去数世紀にわたって蓄積された不正に対する賠償としてとらえられるべきである」と述べている(「パキスタンの『洪水』ここまで深刻にした真犯人」東洋経済オンライン8月31日付)。
新型コロナウイルスの問題も、環境破壊に起因している可能性が指摘されている。グローバル企業によるアグリビジネス(農業関連の経済活動)などが、途上国の森林を次々に伐採していった。その結果、野生動物の個体数が激減。すみかを失って人の生活圏に出没するようになった野生動物の体内に生息していたウイルスが、接触機会の増加した人間に移住しているとされる。まさに人間の環境破壊によって、ウイルスが人間に引っ越してきているのだ。
社会では、「やっとコロナ前に戻れる」という安堵のような気分が広がっている。しかし、これはおかしい。「コロナ前」の世界に問題があったのだから、「コロナ前」に戻れば、パンデミックや大洪水が常態化する可能性が強い。
「ポストコロナ」という言葉が、あまり聞かれなくなってきた。100年前のスペイン風邪も流行が落ち着いた後、あっという間に忘却の彼方に追いやられた。今回も、初めは「世界は一変する」と言われたが、約2年半が経ち、その感覚も希薄化している。
私たちは、忘れやすさを乗り越えなければならない。環境問題に全力で取り組まなければ、生活基盤を失いかねない。今こそ「ポストコロナ」の社会像を問うべきだ。
(『週刊金曜日』2022年9月16日・23日合併号)