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家事労働者の過労死問題、厚労省に3万5000筆超す署名
竹信三恵子・ジャーナリスト|2022年11月22日7:00AM
住み込みで家事代行や介護にあたった68歳の女性が2015年5月、24時間態勢で6日間働いた末に亡くなった。労働基準監督署は労災と認めず、その取り消しを求めた遺族の訴訟にも東京地裁は今年9月29日、請求を棄却した。原告側は控訴し、11月9日、厚生労働省の担当職員らに家事労働者への労働基準法適用を求める3万5000筆を超す署名と要望書を手渡した。
女性は訪問介護・家事代行サービス会社の斡旋で、重い認知症高齢者の家庭に住み込みで働き、勤務が明けた日の午後、急性心筋梗塞で亡くなった。住み込み先の家族から介護内容に細かく口を出されるなどストレスの大きい中で、女性が午前5時から午前0時まで約19時間、働き続けたことは判決も認めている。だが労災の対象になるのは、うち介護報酬の対象になった4時間半だけとし、過労死の要件は満たしていないとした。
根拠は労基法116条2項の「同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない」という文言だ。家事使用人とは個人家庭との契約により「家事一般」にあたる者とされる。事業者からの派遣や請負の場合は労基法が適用されるが、判決では家事については派遣先の家庭と契約を結んでおり、残り14時間半は「家事使用人」だったとして、女性は労基法の保護の外に置かれた。
9日の署名提出後のやりとりで厚労省側は、介護や保育でも家事の一環として行なわれれば「家事一般」に分類されるとした。だとすれば個人家庭との契約でありさえすれば、介護も保育も労基法の適用の外に置かれうる。
その後の記者会見で原告側代理人の明石順平弁護士は「賃金は家事・介護の区分なく一括して家事代行サービス会社から払われ、うち14%が紹介料として引かれ、事実上の派遣または請負事業だった。形式的に個人家庭と契約を結ばせたのは労基法逃れの脱法スキーム」と述べた。
この方式を利用すれば労基法外の介護・保育労働者を作り出せると、原告側の指宿昭一弁護士も懸念する。たとえばギグワーカーとして個人間契約で家事代行を依頼し介護や保育も「家事の一環」として担わせれば、使いたい放題のケア労働者が手に入ることになる。
家事労働への根深い蔑視
こうした構図を可能にしたのは社会に根強い家事労働への蔑視だ。個人で家事代行に従事する土屋華奈子さんは支援者として会見に参加。「家事代行業の厳しさやスキルが理解されていない」と訴えた。多様な家庭に出向いて臨機応変にニーズに対応できるスキルが必要だが、訪問先のトイレを使わせないなど利用者の対応に悩む家事・介護労働者は多いとの証言に、会見場に驚きのため息が広がった。
筆者は家事労働蔑視がもたらす社会の歪みをめぐり『家事労働ハラスメント』(岩波新書、13年)を出版したことから、助言者として原告側を支援してきた。会見では①訪問診療医の殺害事件や今回の過労死のように、家庭は監視が届かない危険な密室職場である②「家事使用人」を抜け穴に保護なし介護労働者が横行する恐れがある③女性の貧困化による労働力の供給増と、介護の自己責任化による需要増の中で「家事使用人」による介護サービスはさらに広がる④労基法116条の見直しは家事労働者を保護するILO(国際労働機関)189号条約批准に道を開く――として、労基法の早急の見直しを提言した。
この規定は「同居の親族」や「家事使用人」を権利を持つ個人でなく「家長」の一部と見なす「家制度」の名残だ。労基法施行から75年、この規定への疑問はくすぶり続け、1993年には労働大臣の諮問機関である労働基準法研究会も撤廃すべきとの報告をまとめた。
今回の悲惨な過労死に背中を押される形で、ようやく加藤勝信厚労大臣も実態調査を約束した。今は改正の好機だ。「外国人労働者への拡大の動きもあり、妻のような扱いを受ける人をなくしてほしい」(会見での遺族の言葉)という思いを無にしてはならない。
(『週刊金曜日』2022年11月18日号)