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身体という自然 〈編集委員コラム 風速計〉想田 和弘
2022年11月25日7:00AM
映画作家という自由業の特権のひとつは、朝、目覚まし時計をかける必要がないということである。実際、約18年前にニューヨークの番組制作会社をリストラされて以来、ほとんど目覚まし時計をかけたことがない。僕にとっては、起きたときが朝、だ。
この特権は、ささいなことに見えて、実は大きい。というのも、僕も稀に普段より朝早く起きなくてはならぬ用事があって、目覚まし時計を使うことがある。するとその日は一日中、なんとなく身体の調子が悪い。頭の働きも悪くなる。
睡眠のサイクルを考えれば、当たり前だ。私たちは寝ている間、脳を休める深い眠りであるノンレム睡眠と、情報を整理する浅い眠りであるレム睡眠を交互に繰り返しているそうだ。そのサイクルを通じて脳の休息と情報整理が終わると、人間は自然に目覚めるようにできているらしい。
つまり目覚まし時計の音で起きることは、自然な睡眠のサイクルを強制的に断つことを意味する。差し障りがないわけがない。気づいていなかっただけで、以前は毎日身体に無理を強いていたのかと思うと、ぞっとする。ある友人が「目覚まし時計をかけることは、自分自身に対して失礼だ」と言っていたが、言い得て妙である。
自分の身体は、便宜上は「自分のもの」ということになっている。しかし本当は自然の一部であり、僕らがあずかり知らぬ固有の意思と性質を持っている。自由に操れるものではないのだと思う。
そのことはこの夏、すでに新型でもないコロナウイルスに感染し、自然に治癒したときにも実感した。ワクチンを打っていない僕には抗体がなかったはずだが、身体はウイルスの侵入を察知し、発熱したり、咳を出したりして対抗してくれた。僕はといえば、身体の仕事を邪魔せぬよう、解熱剤も咳止めも飲まずに、栄養と水分を充分に摂って寝ていただけだ。
全身が酷い筋肉痛になったが、調べてみると、ウイルスに対抗するサイトカインの過剰分泌を防ぐために出される、プロスタグランジンという物質のためだと知った。サイトカインが過剰に分泌され暴走すると、臓器を傷つけてしまうのだそうだ。
僕の知らないところで、身体はデリケートで複雑な仕事をして、僕を守ってくれていたのである。この内なる自然を敬い、感謝し、大事にしたいと思う。
(『週刊金曜日』2022年11月18日号)