戦後初めての「死後再審」が始まるか
西村秀樹・ジャーナリスト|2023年3月13日7:00AM
大阪高裁は2月27日、「日野町事件」の裁判のやり直し(再審)を認める決定を出した。強盗殺人罪で無期懲役が確定した元受刑者の遺族が求めた再審で、元受刑者の死後に再審が開始されれば戦後初めてとなる。
日本弁護士連合会(日弁連)が支援している再審事件には「名張ぶどう酒事件」など14件があり、日野町事件はその一つ。
今から39年前の1984年12月29日、滋賀県蒲生郡日野町の酒店女性経営者(当時69歳)が行方不明になった。翌月、この女性の遺体が住宅造成地で発見され、4月には酒店の手提げ金庫が山林から発見された。3年後、滋賀県警は酒店の常連客、阪原弘(さかはら・ひろし)さんを強盗殺人容疑で逮捕。大津地裁は95年、阪原さんに無期懲役の判決を下し、2000年に最高裁で確定した。
だが有罪の決め手となったのは捜査段階での自白だけで、物証はなかった。裁判段階で阪原さんは自白を否認し、判決確定後も01年に裁判のやり直しを求めた(第1次再審請求)ものの、11年に75歳で病死。そこで再審請求手続きは一旦終了したが、翌年には長男の弘次さんが、父親の遺志を継いで第2次再審請求を行なった。18年に大津地裁は再審開始を決定したが、検察側が即時抗告していた。
大阪高裁の石川恭司裁判長は、再審開始を認めた今回の決定理由として、主に2点を挙げている。1点は検察側が新たに提示したネガ写真。もう1点はアリバイだ。
確定判決では捜査段階での自白と、遺体の発見現場まで警察官を案内できたという、いわゆる「引き当て捜査」の写真に基づき阪原さんが有罪とされた。しかし第2次再審請求で弁護団が「引き当て捜査」の写真ネガを請求。検察側がそれを開示したところ、そこには阪原さんが遺体に見立てた人形を持った場面と持っていない場面とが交互にあるにもかかわらず、捜査報告書には前者の場面の写真のみが盛り込まれていた。これについて、今回の決定は「捜査官の誘導の可能性を含め、任意に行なわれたかに疑問を挟む余地が生じた。見分に関する確定認定は、主要部分の維持が困難だ」とした。
新証拠が大きな決め手に
2点目のアリバイについては、裁判で阪原さんが「(被害者が行方不明になった)事件当夜、知人宅で飲酒していた。翌朝に知人の妻がコーヒーをいれてくれた」と主張したのに対し、知人や同席者が公判の段階でそうしたアリバイを否定し、確定判決でも阪原さんのアリバイ主張を虚偽だとした。これに対して弁護団が第2次再審請求で新証拠として提出したのが、日弁連の再審支援事件指定後の03年3月に毎日放送が制作のうえ放送したテレビドキュメンタリー番組「消えたアリバイ〜滋賀・日野町殺人事件」だ。
弁護団はこの番組のビデオを、裁判で証言した知人の妻に見せて改めて感想を求めたうえで、その供述を収録したビデオも新証拠として提出した。これらについて、今回の決定は「弁護団の新証拠のなかには(元被告のアリバイ主張と)おおむね整合する妻の新供述を収めたビデオテープがある。相応に具体的で、あえて虚偽を述べる理由もない。(略)アリバイについても元被告の主張を『虚偽』と考えるには合理的な疑いがあり、この点を犯人肯定性の事情とした確定判決の判断部分は動揺を来している」と判断。最後の部分では「新証拠は無罪を言い渡すべきことが明らかな証拠に当たる」と結論づけた。
この決定に対する検察の特別抗告を想定し、弘次さんは2月27日、決定を喜ぶと同時に「再審無罪に向けて階段をまた上がることができた」と言葉を選んだ。大阪高検は期限の3月6日、最高裁に特別抗告を行なった。
刑事事件の証拠開示をめぐっては改正刑事訴訟法(16年)により被告が求めた場合の証拠一覧表の開示が検察には義務づけられた。ただ、再審請求では検察側の証拠開示ルールは整備されておらず、日弁連では再審法の改定を求めている。今後は「袴田事件」の再審開始の可否決定も3月に控える。
(『週刊金曜日』2023年3月10日号)