神奈川県警新人巡査の拳銃自殺、遺族側が逆転敗訴
池添徳明・ジャーナリスト|2023年3月21日7:00AM
神奈川県警泉署の新人巡査だった古関耕成さん(当時25歳)が2016年3月に同署内のトイレで拳銃自殺したのは、先輩や上司からのパワハラやいじめで精神的に不安定だったのに拳銃を所持させたのが原因だとして、秋田市在住の両親が神奈川県に約7400万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が3月7日、東京高裁(増田稔裁判長)であった。
東京高裁は、県警の責任を認めた一審判決を取り消し、両親の請求を棄却した(背景や一審判決などについては本誌18年3月9日号、22年7月22日号、8月12日号、12月2日号ほかで詳報)。
泉署の地域課に配属された耕成さんは、交通反則切符の引き継ぎミスを先輩の巡査部長から執拗に叱責され、交番に一人置き去りにされた。班長の警部補は耕成さんの母親に「落ち込んだ様子なので迎えに来てほしい」と連絡。県内に住む姉に引き渡し、話を聞いてあげてほしいと伝えた。3日間の休暇を命じてカウンセリングを勧めて帰省を促したが、耕成さんは帰省せず、休暇明けに出勤した泉署内で拳銃自殺した。
耕成さんは「先輩から『お前とは組みたくない』『お前と組みたいやつなんかいない』『みんなから嫌われている』と言われた」「先輩に怒鳴られ暴力を振るわれる」「職場の飲み会で、裸になった先輩の体に付けたアイスをなめろと言われ、キスを強要された」などと家族に訴えていたという。
一審の横浜地裁は「耕成さんは交番勤務ができなくなるほど落ち込み、仕事を辞めるかどうか決断しなければならなくなるまで追い込まれていた」と認定。「精神障害などの病気を発症していた疑いが否定できず、精神に不調を来している者に拳銃を携帯させた県警には、安全配慮義務違反の過失がある」「耕成さんがどの程度落ち込んで精神的に不安定になっていたかどうかが結論を左右する」として、遺族の請求通り約5500万円(一審の時点での請求額)の支払いを命じたが、県警側が控訴していた。
「警察官の証言のみ信用」
これに対し、東京高裁の増田稔裁判長は、耕成さんの表情や自殺当日に落ち込んでいる様子が見られなかったことなどから「(上司の警察官は)耕成さんが精神に不調を来している等の状況にあることを認識し、または認識し得たと認めることはできない」と判断。「管理責任者の署長が、拳銃を携帯させてはならない義務を負っていたとは言えない」とした。
先輩巡査部長からの指導や叱責については「ある程度厳しい指導を行なうことは社会通念上、不適切なものとまでは言えない」と指摘。パワハラやいじめについても「事実を認めることはできない」「裏付ける的確な証拠はない」などと切り捨てた。
県警の主張を全面的になぞった逆転判決を、遺族側弁護団は「極めて薄っぺらで表層的な事実を拾っただけ」と批判。「警察官の証言のみを信用し、母親の証言は信用できないとするが、警察官の証言からも巡査部長の尋常ではない叱責は裏付けられている。上司4人が協議して耕成さんに休暇を与え帰省を促した事実を全て無視し、元気そうだったという証言だけを拾って、予見可能性はなかった、安全配慮義務はなかったとは何事か」と憤る。
遺族側代理人の笹山尚人弁護士は「拳銃自殺の重みが分かっていない。精神の不調を確認せず漫然と拳銃を渡した事実を評価していない。結論ありきの不当判決で、上告して断固闘う」と話した。
耕成さんの母親は「ハラスメントをなくすという世間の動きに逆行する判決で、想像力がまるでない。裁判を通じて警察の組織改革を願っていたが、期待した内容でなくがっかりした。怒りしかありません」と訴えて涙を拭った。
父親は「言語道断だ。自死を軽くみた判決に憤りを感じる」と悔しさをあらわにした。
神奈川県警は「主張が認められたと考えている。ご冥福をお祈り申し上げます」としている。
(『週刊金曜日』2023年3月17日号)