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ジブリの大冒険

想田 和弘|2023年7月7日7:00AM

 映画作家の最も大事な仕事は、映画を作ることである。しかし映画が完成すると、より大変な仕事が待っている。プロモーションである。配給会社と一緒に宣伝方針を決め、ポスターや公式サイト、予告編やチラシを作る。批評家やマスコミ向けの試写会を開く。公開直前には、数十件ものインタビューを受けまくる。公開が始まったら、上映後のトークや質疑だ。地方でも上映が始まれば、映画と一緒に巡業である。

 その作業には、楽しさや充実感もある。一方で、作り手がこんなに語ってしまっていいのかとの疑問がある。予告編では見所をチラ見せするが、それで本編の鑑賞体験が損なわれるような気もする。特に予定調和と説明を排した「観察映画」を作る身としては、自己矛盾を感じるわけである。

 それで数年前、配給会社に提案したことがある。「次の映画はインタビューとかトークとか、一切やめてみませんか」。半分冗談、半分本気である。しかし本当に実行したら、映画の公開が誰にも知られずに終わってしまうリスクもあり実現していない。

 だから7月公開予定の宮﨑駿監督の新作『君たちはどう生きるか』にはびっくりした。映画の内容に、ではない。スタジオジブリが一切宣伝活動をしない方針だという事実に、である。監督インタビューはおろか、予告編やテレビCM、新聞広告もマスコミ向け試写会もなしというのだから、常識破りにもほどがある。凄い勇気だ。

 鈴木敏夫プロデューサーは「文藝春秋 電子版」で、「作った映画はお客さんに来てほしい。そう考えていろいろやってきたけど、そろそろいいかな……って」と動機を語る。「決まりきったことを毎回毎回やるのって嫌ですよね」。そして同時期に公開されるハリウッドの大作を例に挙げ、情報過多の映画宣伝を批判する。「予告編を三つ作ったらしいんですよね。その三つを観るとね、中身全部わかっちゃう」。

 実際、前情報で知ったことを映画館へ確認しに行くような観客が多いのだろう。当てが外れることが思わぬ「発見」や「出会い」とはとらえられず、「非効率」だと忌み嫌われる現代のメンタリティ。それに抗い、鈴木氏は大博打に出たのだ。

 一体どうなるんだろう。僕がやったら撃沈しそうな無謀な挑戦も、あのジブリなら成功させるような気もする。結果が予想できない大冒険だからこそ、目が離せない。

(『週刊金曜日』2023年6月30日号)

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